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『エトセトラ Vol.5』(特集:私たちは韓国ドラマで強くなれる)より 小山内園子「はじめに」を公開します

2021/5/24

 

 

はじめに    小山内園子

いまこの本を手に取られたあなたは、一作くらいは韓国ドラマをご覧になったことのある方でしょうか。あるいは、韓国ドラマにはまったく興味はないけれど、「韓国」「フェミニズム」というキーワードに何か引っかかるものを感じられた方かもしれませんね。
お読みいただく前に、先に宣言しておきたいと思います。
この本は、「フェミニズム」というキーワードで韓国ドラマを串刺し検索するような一冊です。ドラマに出演した俳優のプロフィール、ロケ地の詳細、俳優が身に着けた衣装小道具のブランド情報、みたいなものは皆無です。そのかわり、韓国ドラマの何がこんなに私たちを勇気づけるのか。なぜ韓国ドラマにエンパワーメントされてしまうのか。その源泉を、さまざまな視点から見つめた本です。なので当然、「ネタバレ」も気にしていないことをお断りしておきます。

言いつくされたことですが、ドラマは時代時代の社会を映す鏡のような存在です。とはいえ、ドキュメンタリーのように地道な取材とリアルな映像表現で現実の問題に斬りこむわけではありません。むしろ、ありふれた日常とはまったく違う設定でありながら、気がつけば自分の平凡な日々に新たな気づきを授けてくれたりもします。
韓国ドラマとなると、この「まったく違う設定」の幅はほぼ無限大といえるでしょう。奇想天外縦横無尽、発想の豊かさに驚かされることしきり。にもかかわらず、気がつけば自分の生活に、明日に、ヒントを与えられることが少なくありません。

* * *

私の場合、はじめて見た韓国ドラマは『冬のソナタ』でした。韓国での放映は2002年、日本での初放送は2003年。今から20年近く前の話です。当時はいまのような配信型の視聴スタイルではなく、よくレンタルビデオ店で同好の士と相まみえたものでした。
第一次韓流ブームの火付け役となった作品ですが、当時韓国ドラマを夢中で見ていた女性たちへの社会の目線は、今思えばミソジニーそのものだったといえるでしょう。あの頃某週刊誌に、韓国ドラマのOSTを聞くためiPodを購入し、うれしそうに街中を闊歩している中年女性、という揶揄するトーンのイラストを見たことがあります。好きなものを好きでいることを、なぜ人にどうこう言われ、あげくにからかいの対象とされるのか。怒りを感じる一方で、意気地がなかった当時の私は〈こんなふうにからかわれるなら注意しなきゃ。相手を見て打ち明けなくては〉と自己規制の決意を新たにした情けない思い出があります。
たしかに冬ソナは御曹子、出生の秘密、記憶喪失と、ある種王道を行く設定でした。ですが、私は自分があのドラマにハマった理由を明確に言うことができます。それはある場面での台詞でした。

ミニョン「僕を、許してくれますか」
ユジン 「誤解なら、解ければすむものでしょう?」
(『冬のソナタ』第七話より)

たった一往復のやりとりです。ですが、目から鱗でした。自分を誤解した相手を許すか許さないかではなく、誤解そのものを正して関係を結び直すことができる。そんな可能性を、ドラマで、ことばで、気づかされたのは初めてでした。韓国ドラマのことばってすごい。そこからむさぼるようにドラマを視聴し、自分の殻を破ってくれることばをひたすら探し続け、今にいたっています。

* * *

韓国社会は変化のスピードが速く、変化そのものもダイナミックです。当然、ドラマもどんどん進化しています。恋愛ドラマであっても恋のことばかり語っているわけではありません。むしろ恋愛ドラマだと思って見始めたら社会問題がテーマだった、ということが往々にしてあります。御曹子、出生の秘密、記憶喪失といった設定が完全に消えたわけではありませんが、視聴率と話題性で高い評価を得たドラマは必ずといっていいほど、どこかひりひりするようなリアリティを内包しています。格差社会、性差別、教育熱、検察改革、北朝鮮、#MeToo運動。利害が相反し加害と被害が交錯する、より深刻で複雑な題材を取り上げながら、韓国ドラマの登場人物たちは今日もことばを使って前に進んでいます。
そして私たちも前へ進みたい。好きなものを誰の目も気にすることなく好きだと声をあげ、理由を分析し、ことばにし、共有したい。

ようこそ、ことばが実る物語の森、韓国ドラマの世界へ。この一冊に、あなたのこれからを支えることばが見つかることを信じています。

 

『エトセトラ Vol.5』は2021年5月31日発売です!
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