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『エトセトラ Vol.8より 鈴木みのり「特集のはじめに」を公開します

2022/11/26

2022年11月30日発売『エトセトラ Vol.8』より、特集「アイドル、労働、リップ」特集編集の鈴木みのりさんによる「特集のはじめに」を公開します。それぞれにとっての「アイドル」を考える、切実で多様な声を集めた特集号です。刊行までもうしばらくお待ちください。
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特集のはじめに  鈴木みのり

 

今年の十二月、韓国のアイドルというかKポップのボーイズグループ、SHINeeのメンバー、ジョンヒョンさんの五周忌が訪れます。命日の翌月、二〇一八年の一月、韓国のグラミー賞といわれるゴールデンディスク賞で大賞を受賞した際、ソロアイドル的な立場でデビューした、卓越したシンガーソングライターであるIUがスピーチでこう述べました。〈アーティストは皆誰かを慰める仕事をしています。でも、人間として自分のことを先に考えて慰めてほしいです。表に出してはいけないと思って、逆に病気になったりつらい思いを絶対にしたりしないで欲しい〉(1)と。

その後二〇一九年十一月にIUがリリースした、傑作EPの表題曲『Love poem』の歌詞はきっと、スピーチを昇華した内容だとわたしは思いました。例えば、〈嬉しい時には喜んで悲しい時には泣く、自然なことが自然に表現できて、受け入れられてほしい〉というスピーチに対して、自然体でいるのは難しい、言葉にできない/ならない声なき声の代わりに歌は響きます。またEPで、この曲の前に置かれた『자장가』(Lullaby)は、件のスピーチの際の受賞曲『밤편지』(夜の手紙)と共に、夜を巡り、眠れない孤独に向けられていると感じられます。この内容は、ジョンヒョンさんと、同じ事務所所属で同じく自死した、IUの友人だった元f(x)のソルリのことも念頭にあったのではないでしょうか。

SHINeeのキーくんが、今年八月に出したアルバム収録の、みずから作詞したダンスポップ「I Can’t Sleep」をわたしはどう聴いたらいいのか戸惑います。かつてその時刻のキーくんのインスタライブをわたしも見たことがあったように、外が明るくなる朝四時になっても眠れないという、その歌。屋根のある部屋があること、不安なく布団にくるまれること、朝を迎えられること。そうした安全を誰もが求めているはずと思ってきたけど。

この企画でアイドルと呼ばれる存在は、歌ったり踊ったりするいわゆる「アイドル」だけでなく、特に日本や韓国のテレビ番組、音楽、映画などメディアを通して、ファンや視聴者からイメージを偶像化され、消費される、芸能産業で働く人々をわたしは想定しています。ただ、共同で特集を編集してくれた和田彩花さん、それからエトセトラブックスの松尾亜紀子さんとの協働を通して、その範囲を定めようとは考えませんでした。

エッセイ、論考、散文のような創作のような内容、健康のためのエクササイズ、労働者としての法的な権利、それぞれにとっての「アイドル」、そしてアイドルである/だった人たち、その周囲で働く人たち、活動を応援したりその表現を楽しんだりしてきたファンの人たちの声を集めたアンケート。アイドルと見なされる人々を含めたいろんな人々が、心身ともにできるだけ健やかでいられる状況が目指されるために、必要と考えられるいろんな声を集めたつもりです。読者のみなさんが考えたり休んだり、出入りしたりしやすい内容を目指したので、ささやかでも、きっかけになるとうれしいです。

 

(1)Kstyle「SHINee ジョンヒョンさんへの想い…IUのメッセージに涙が溢れた「第32回ゴールデンディスクアワード」」
https://news.kstyle.com/article.ksn?articleNo=2085549

 

【訂正とお詫び】
本書に掲載された鈴木みのりさんの「はじめに」冒頭で、時系列に間違いがありました。「この内容は、ジョンヒョンさんと、同じ事務所所属で同じく自死した、IUの友人だった元f(x)のソルリのことも念頭にあったのでしょう。」の一文は、2つ目の段落の最後に入るものでした。ここに訂正とお詫び申し上げます。このウェブ公開にあたって、修正いたしました。