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「女の知恵は針の先」第12回:理想の現実と生活の隙間で、部屋が汚い(フェミニスト手芸グループ山姥)

2022/5/14

 

“政治的な”制作活動をしているフェミニスト手芸グループ山姥。この連載は、彼女たちが毎日生活したり活動したり、編んだり縫ったりしながら考えたあれこれの記録です。第12回は、仕事に追われずもっと「生活」を大事にしたい→でも「生きる」ためには働かなくてはいけない→すると生活がおろそかになる……という、賃労働から逃れられない多くの人が抱えているであろうジレンマと、ある演劇作品について。

 

今月はかんな担当です!

仕事が終わって、やっとの思いで家に帰ってきて、ふと部屋の中を見ると汚すぎてびっくりする時がある。仕事と通勤時間、睡眠時間を抜いたわずかな時間で、食事作りとその片付け、時には洗濯や掃除をし、風呂に入らないといけない。ネギはすぐどろどろになり、大根はしおしおになる。汗はかくし、生理でパンツは汚れる。いわんや子どもがいる人をや。完全に無理ですよね。みんなえらい。何食わぬ顔でやってるの、えらすぎます。生きてるだけでえらい。

去年、シアタークリエで「Home,I’m darling〜愛しのマイホーム〜」という演劇をやっていた。ローラ・ウェイドの書いた戯曲を白井晃が演出し、鈴木京香、高橋克実が主演したストレートプレイだ。ロンドン近郊に住むジュディ(鈴木京香)とジョニー(高橋克実)は1950年代の生活に憧れを持っていて、自宅も50年代風に整えている。それはライフスタイルも同様で、ジュディは専業主婦として「夫を支える」生活をしている。

ジュディは夫ジョニーが出世できるかどうか気を揉んでいたが、それは実は家計が火の車で、自分の貯金で穴埋めするのも限界に近付いており、そうなると今の50年代の生活が維持できなくなるからだった。新しく着任した上司アレックス(江口のり子)を自宅に招き、パーティで接待して昇進をもくろむも失敗。昇進は後輩に奪われてしまう。

2幕に入ると、なぜジュディが50年代のライフスタイルにこだわるようになったのか明かされる。いわゆる「バリキャリ」としてジョニー以上の収入を得ていたが、身を粉にして働いても仕事への貢献は報われない。汚い部屋の中で、後回しになってしまっている生活と、それらをおろそかにしてきた自分の状況にふと気が付き、ジュディは茫然としてしまう。そこで彼女はもっと「生活」を大事にしたいと、憧れの50年代のライフスタイルを真似て、専業主婦になることを決意する。しかし、結局はなんやかんやあって(突然雑ですみません)、生活のためにも、彼女は賃労働に戻っていく。

この舞台は、脇を固めるそのほかの登場人物もおもしろい。ジュディの母シルヴィア(銀粉蝶)はウーマンリブの闘士として運動に関わってきたゆえに、50年代がいい時代のはずがなかったと娘に語り、自分たちが獲得してきた権利のうえにあぐらをかく(ように母には見える)娘の姿に苛立っている。

しかし、そんな母も父との関係は理想通りにはいかず、離婚した過去がある。ジュディは父親を嫌いにはなりきれず、交流を希望しない母とも何かと対立してしまう。 フラン(青木さやか)は50年代好みを一緒に楽しむ友人で、自分の職を持って働いているが、夫のマーカス(袴田吉彦)が職場でセクハラ事件を起こして解雇される。しかし、自分も同じようなセクハラに遭ってきたにもかかわらず、被害者に共感するどころか、被害者が夫を「誘った」からこうなったのだと話す。

まったく、人生はままならない。理想通りにはいかない。当たり前だけれども、間違いを、しかも取り返しのつかないような間違いを犯すこともある。 「Home,I’m darling」は美しい理想とそこから離れてしまう現実、その間でもがく女たちの生き方を描いたおもしろい戯曲だった。

芝居が終わった直後は、脚本に対しての演者の年回り(もう一回り下であるはず)や演出の細かなことが気になっていたが、しばらくしてからじわじわと、部屋の中で茫然とするジュディについて考えるようになった。もっと生活を大事にしたいという気持ちが、わたしにもわかるからだ。家事労働はなくならないのに、丁寧にちゃんとやりたいのに、しかし生きていくのにはお金が必要で、結局は他からお金を得る手段がなければ、賃労働を続けていくしかない。逃げ場のないところをぐるぐるしている感じである。つらい。 あと1時間あれば、あと1日あれば。したいことはたくさんあるのに、ぜんぜん体が追い付かない。

とはいえ、脚本はよいのだけれども、最後の終わりの演出がやっぱり疑問だったりして(終わった後しばらくもやもやしたのもこのせい)、万が一再演がある時はフェミニズムを理解する演出家に変えてくださいと願っておきます。そんな人いるのか? というつっこみもあるけども。 近々で気になる舞台といえば、ルーシー・カークウッドのThe Welkinもシス・カンパニーが上演予定だけど、これもおもしろいのかな!?

おもしろそうな舞台の情報があったら、教えてください。

憲法集会で買った「政治的な」クッキー!ひとつひとつ味が違っていて、袋の中に該当する憲法の条文が入っています。「みんなのお菓子屋さん 月と田んぼ」さんの商品です。

 

フェミニスト手芸グループ山姥(やまんば)
2019年からマルリナ・かんなの2人で、フェミニズムや自分たちの好きな本、漫画をテーマにした手芸(刺繍や編み物)をして活動中。山姥は俗世間に馴染めず、おそろしい存在として排除されてきました。しかし、実は彼女たちは歴史や制度、そして男たちの期待する女の姿に押し込められず、闘ってきた女たちではないでしょうか。そうした先人たちの抗い方を見習いたい、そんな思いで活動しています。