第2回:山姥の名刺と斎藤百合の関係について

2021/6/15

“政治的な”制作活動をしているフェミニスト手芸グループ「山姥」。彼女たちが日々の活動や、編んだり縫ったりしながら日々考えていることの記録する、第2回はグループの名刺をつくるまでにであった、ある女性の個人史について。

 

第2回目は、山姥が点字付き名刺にたどり着くまでの話をしようと思います。

最近、わたしはある本と出会い、心を奪われました。それは粟津キヨ『光に向かって咲けー斎藤百合の生涯―』(岩波新書)という本です。この本は、自身も全盲であり、視覚障害のある女性の社会的地位向上のために苦闘した斎藤百合について書かれています。わたしは、この本を人から教えてもらうまで斎藤百合のことを知らなかったのですが、読めば読むほど、なぜ知らなかったのだろう、早く知りたかった! という思いが強くなりました。

 

斎藤百合(1891-1947)は、3歳のころ栄養不良が原因で突然失明。10歳の時に、岐阜訓盲院へ入学しました。「積極的に未知のものには何でも好奇心を燃やしてチャレンジするこの少女」は、脱線も多く、謹慎になったり、横着なところがあったり、相当なお転婆娘だったようです。その描写に、勝手に親近感がわきました。

その後、上京し、東京盲学校師範科に入学。当時、女学校では良妻賢母教育が掲げられていたのに、盲学校では、視覚障害者の女性を結婚から排除するため家庭科の授業などがなかったようです。そのような教育方針に反発を抱き、点字雑誌に掲載された「盲女子を性の誘惑から守り、異性に心を向かせぬために、信仰を持たすべし」という論文に、人間性を否定していると激しく反論したエピソードがあります。

「結婚がすべてだとは思わないが、普通人なみに生きたい、女としてあるがままに人生を歩んでみたい」と考える百合は結婚し、子を出産。28歳のとき、東京女子大学へ特別生として入学しました。東京盲学校同窓会を母体とする「桜雲会」に就職し、退職したのち、視覚障害者の女性たちが共同生活をする「陽光会ホーム」を開設しました。「盲女子高等学校」設立を計画し、自分の後継者を育てようともしました。

その計画は、挫折してしまうのですが、「盲女子高等学校」の入学案内を見て百合に自ら手紙を書いて上京してきた女性がいました。それが、本の著者、粟津キヨです。この本は、粟津キヨと斎藤百合のシスターフッドの本でもあります。斎藤百合は、何度も失敗を重ねながらも、周囲の人々となんとか前に進もうとしました。彼女の自由で大胆な生きざまに、勇気を与えられると同時に、闘う力をくれているような気がしました。そして、あぁ斎藤百合に会ってみたいと思いました。(すぐ会いたいと思う性分)しかし、実際に会うことはできないので、斎藤百合が一時期働いていた桜雲会で点字付き名刺を作りました。

ほんとうに少しずつですが、私たちの活動範囲を広げていく中で、いつか山姥で名刺でも作ってみたいねぇなんて話をしていました。今時、名刺は自分の家で印刷したりできるようですが、今年に入ってやっとエシカルパソコンという再利用パソコンを買ったレベルの超アナログ人間なので、もちろんプリンターは持っていません。どこかに頼もうかなと思っていたところ、斎藤百合と粟津キヨが絵本になっていると知り、発行元の桜雲会に絵本を買いに行きました(小島伸吾・タケシタナカ 『闇を照らした白い花~斎藤百合の生涯とヘレン・ケラー』とタケシタナカ・市川信夫 『粟津キヨの旅立ち 「ふみ子の海」から』です。

 

 

 

どちらも絵からシスターフッドが伝わってきて最高です)。聞いてみたら桜雲会で点字付き名刺を頼めるとのことだったので、念願の山姥名刺を作ってもらいました。これも何かの縁かと思うとうれしくなりました。名刺を渡すと、「あ、点字!」と反応されることが多く、そのたびに斎藤百合について語っています。

 

 

『光に向かって咲け』に出てきた、斎藤百合の「この国の弱者の幸せの度合いによって国家の文化程度をはかることができるという言葉が心に残っています。
昨年見た『家庭裁判所 第3H法廷』というアメリカのフロリダの裁判所を舞台としたドキュメンタリー映画でも、冒頭でボールドウィンの「If one really wants to know how justice is administered in a country, one goes to the un protected and listens to their testimony.」(その国の正義を知りたければ、弱者の声を聴けばわかる)という言葉が引用されていました。これらの言葉は、まさに、今を生きるわたしたちにとっても重くのしかかってきます。

 

山姥(やまんば)
2019年からマルリナ・かんなの2人で、フェミニズムや自分たちの好きな本、漫画をテーマにした手芸(刺繍や編み物)をして活動中。山姥は俗世間に馴染めず、おそろしい存在として排除されてきました。しかし、実は彼女たちは歴史や制度、そして男たちの期待する女の姿に押し込められず、闘ってきた女たちではないでしょうか。そうした先人たちの抗い方を見習いたい、そんな思いで活動しています。