「翻訳者たちのフェミニスト読書日記」

No.4 「男のいない女は、自転車を持たない魚みたいなもの」──『フェミニズムのスローガン40年:1970~2010』(相川千尋)

2020/10/16

海外の熱きフェミニズム作品を私たちに紹介してくれる翻訳家たちは、お仕事以外にどんなフェミ本を読んでいるのだろう? 読書リレーエッセイの今回は、フランス語翻訳の相川千尋さんによる、女性解放運動グループのスローガンを集めた本について。みなさん、叫ぶ準備はいいですか!?

 

「万国の労働者よ、あなたの靴下を洗うのは誰?」
「私を解放しないで。自分でやるから」
「フェミニズムは人を殺したことがない。マチズモは毎日殺してる」
「マスターベーションは、手の届くところにある快楽」
「男のいない女は、自転車を持たない魚みたいなもの」

これらはすべて、「女性解放運動」(Mouvement de libération des femmes、以下MLF)というフランスの女性運動グループが40年にわたる活動の中で掲げてきたスローガンだ。1970年ころに精神分析家アントワネット・フークや作家のモニック・ウィティッグらによって結成され、マルクス主義フェミニストのクリスティーヌ・デルフィら著名なフェミニストも参加したフランスではかなり有名なグループである。

『フェミニズムのスローガン40年:1970~2010年』(iXe出版)は、その結成40週年を記念して出版された本で、デモの様子を記録した写真とともに、ぜんぶでおよそ600個のスローガンを収録している。

書影

スローガンはデモごとにまとめて紹介されていて、たとえば1970年8月26日にMLFが公におこなった最初のデモは、この本の最小限の説明によると「女性参政権50周年のアメリカ人女性たちへの連帯のための、無名戦士の妻への献花」だった。

パリの観光地として有名な凱旋門の下には、第一次世界大戦で犠牲となったひとりの無名戦士の遺体が埋葬され、「無名戦士の墓」と呼ばれている。MLFは女性の存在が不可視化されている社会の現状を訴えるために、「無名戦士」よりもさらに無名なその妻にスポットを当て、彼女に花を捧げるというパフォーマンスをおこなったのだ。このとき横断幕には次のスローガンが掲げられた。

「無名戦士よりもさらに無名の者がいる──その妻だ」
「戦士の無名の妻に捧ぐ」
「男(homme、フランス語では「人類」という意味もある)のふたりにひとりは女」

このときの行動の様子は映像にも残っている。

本書にはこんな調子で1970年から2010年まで、ぜんぶで66回分のデモのスローガンが記録されている。これがすべてかどうかは明記されていないのでわからないのだけど、最初から読んでいくとMLFの活動をおおまかに振り返ることができる構成だ。

いくつか紹介したい。

1972年5月28日:母の日におこなわれたデモ
「私のママを自由にして」
「1日だけ祝われて、1年中搾取される」

このバリエーションとして、1975年3月8日の「国連国際女性年に反対するデモ」の「1年だけ祝われて、一生搾取される」というスローガンもある。

1972年6月25日:仏北東部ティオンヴィルと北西部サン・ブリユーでおこなわれていた女性労働者のストを支持するデモ
「万国の労働者よ、あなたの靴下を洗うのは誰?」
「活動家のステーキもブルジョワのステーキも、焼くのにかかる時間は同じ」

1974年6月8~10日:女性ストおよび女性のセックス・ストライキ。デモ行進はおこなわず、スローガンもなし。かわりにパリのシャトレ広場の噴水で「大洗濯」と称して、おおぜいで洗濯をおこなった。

このページには「Grrr… Rêve des femmes」とだけ書いてある。「Grêve」は「ストライキ」、「des femmes」は「女性の」という意味だから、「女性スト」という意味になるのだけど、最初の音「Gr」が動物のうなり声や怒りや不満を表すオノマトペ「grrr」との言葉あそびになっている。英語ではフェミニズムとパンクロックのムーヴメント「ライオット・ガール」を「Riot grrrl」と書くけれど、フランス語でも同じことをするみたいだ。

大洗濯

また、フランス語には「夢」という意味の「rêve」という単語もあるので「Grrr… Rêve des femmes」と書いてあると、女性が悪夢でもみながらうなされている様子を思い浮かべてしまう。

1974年6月10日:レイプに抗議する夜のデモ
「女性たちよ、夜を取り戻そう」
「女と犬の闘いは同じ。道を歩いていても口笛で冷やかされないこと」
「私たちは夜、女だけで出歩きたい。安全に、保護者なしで」

1976年:フェミニストのグループが伝統的な労働組合と初めて一緒に行進したデモ
「男のいない女は、自転車を持たない魚みたいなもの」
「レイプはもううんざり」

2つ目に引用したスローガンはフランス語では「Ras le viol」だ。「ras le bol、もううんざり」という慣用表現と「viol、レイプ」という単語をあわせた言葉あそびになっている。このスローガンは最近でも使われていてSNSでときどき見かける。

レイプはうんざり

1980年3月8日:あらゆる差別に講義するデモおよび女性ストへの呼びかけ
「性差別と人種差別は権力のふたつの睾丸」

1997年6月:ゲイ・レズビアン・プライド
「男を誘惑する方法? どうでもいいわ!」
「マスターベーションは快楽へのシンプルな道」
「あなたの沈黙はあなたを守らない」

2005年1月15日:人工妊娠中絶を合法化したヴェイユ法30周年デモ
「女性には決める自由がある
出生率なんてどうでもいい
カトリック野郎、ファシスト野郎、マッチョ野郎
お前らにはうんざりだ」

「お前らにはうんざりだ」と訳したところは「Vous nous cassez le clito」。直訳すれば「お前らは私たちのクリトリスを叩き割る」という意味なのだけど、これは「casser les couilles、睾丸を叩き割る=うんざりさせる」というマッチョで下品な表現のパロディである。

2009年10月17日:女性の権利のためのデモ
「フェミニズムは人を殺したことがない。マチズモは毎日殺してる」

2010年11月27日:フェミ団体「夜の怒り」のデモ
「私たちの恐れを怒りに変えよう、怒りを力に、力を闘いに」
「暴行者は呼び鈴を鳴らさない──彼は鍵を持っている」
「私を解放しないで。自分でやるから」
「“抵抗する”は現在形で活用する動詞」
「ノーはノー」

さて、この中で私がいちばん気に入っているのは「男のいない女は、自転車を持たない魚みたいなもの」だ。魚が一匹で自由に泳いでいるイメージと、自転車があってもいいけど、なくても別に困らないというメッセージがいい。

もともとはオーストラリアのフェミニスト、イリナ・ダンが1970年に考えたスローガンで、英語では「 A woman needs a man like a fish needs a bicycle、魚が自転車を必要とするように女性は男性を必要とする」と言う。「魚が自転車を必要とするように人間は神を必要としている」と言ったある哲学者の言葉から着想を得たものだと言われている。

このスローガンの強さはイメージで語っているところだけれど、女を海から出られない不自由な魚にたとえ、男を機械・文明・技術の象徴とも取れる自転車にたとえている点を批判する人もいる。それでも、このユーモアはほかにちょっとないものだし、自転車を持たない一匹の魚として生きている私は深く納得してしまった。

ユーモアや言葉遊びはデモのオマケのように見えるけれど、実は男が中心だった従来の運動と女性運動の違いはこうした遊び心の部分にある。「エクリチュール(文字)の人類学」を専門とする研究者ベアトリス・フランケルは、本書の解説「私たちの旗は花柄のスカーフ──MLFのデモ」で、ユーモアや創造性こそMLFの運動の革新性なのだと言っている。

女たちは、男たちのデモで叫ばれた「フランコ、人殺し」式の従来型の運動のスローガンを乗り越えようとして、上記で紹介したようなユニークなスローガンを作り出していった。また、ビジュアル面も新しく、プラカードに使われた書体も1968年の五月革命のものとはまったく違っていた。フランケルは言う。

「フェミニストたちの書き文字は日常使われる崩れた文字で、カラーで書かれることも多かった。左派や極左がよく使っていた角ばった大文字とはまったく違っていた。人形や広告画像の流用、風船、変装などがよりいっそう違いを際立たせていた。デモ全般に見られるパフォーマンスのような性格は、女性たちに容認されていたただけでなく、説得の手段にもなった。MLFはほかのすべての異議申し立て運動と一線を画していた。しかしこの新しい形式は、従来の活動家たちを不快にさせ、しばしば非常に困惑させた」

女性が立ち上がるときというのは、何か新しいものが生まれるときなのだろうか。これを読んで私は、花を持って性暴力に抗議するフラワーデモを思い出した。

あるとき「フラワーデモに行ってきました」と、持って行った花の写真と一緒にツイートしようとして、できなかったことがある。ツイートだけ見ると、まるで楽しく遊んできたように見えることが、ひっかかったのだ。私は、真剣なことをするときには、余分な装飾はあってはならないものだと考えていた。

「まじめな時には、一切の装飾を剥ぎ取って、まじめに没頭していなければいけない」というのもまた息苦しい話なのに、無意識に私はそう思い込んでしまっていた。

けれどよく考えてみたら、デモをしているあいだも私の人生は続いている。だったら、真剣な主張をしているときだって、日常と同じように隣に花があってもいいはずだ。性暴力の深刻な被害を訴えて社会を変えようとしながら、同時に美しいもの愛したり、花に気持ちを託したりしたっていいはずなのだ。私はあの時、その新しさにまだ慣れていなくて、ツイートできなかったのだと思う。

真剣な主張をしながら余白というか遊びの部分を許すこと、言い換えれば最低限の生活だけではなくて、人生の豊かさを感じさせる花やユーモアに満ちたスローガンを運動の中に包み込んでいくこと。何十年も前のフランスの運動のスローガンを読みながら、私は自分にとってのフラワーデモの新しさを発見したのだった。

この本を読んだのはコロナの外出自粛期間中の時期だった。先が見えない不安から、力強い言葉が読みたくなったのだ。ちょうどフランスでも外出禁止期間中で、アマゾンが倉庫を閉めたり生活必需品の配送を優先したりして、日本に発送できる商品がふだんより限られているような時期だったけれど、それでも私はどうしてもすぐに読みたくて、直接版元に注文した。

2週間後、手書きのカードと一緒に本が届いた。「本書をオンラインでお買い上げいただき、誠にありがとうございました。読書をお楽しみください。お体に気をつけて」──カードにはそう書いてあった。

版元からのカード

フランス語としては、ごく一般的なあいさつだけれど、暖かくて嬉しかった。本の内容もおもしろくて何度も笑えて、おかげで私は少しだけ落ち着きを取り戻した。

相川千尋(あいかわ・ちひろ)
フランス語翻訳者。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科修了。仏和辞典編集、仏大使館勤務を経て翻訳者に。訳書にリリ・ソン『私のおっぱい戦争 29歳フランス女子の乳がん日記』リーヴ・ストロームクヴィスト『禁断の果実 女性の身体と性のタブー』(ともに花伝社)など。現在、「クーリエ・ジャポン」にてフランス関連記事を中心に編集を担当。