「翻訳者たちのフェミニスト読書日記」

No.3 「20世紀ワーキングガール」の反省文(小山内園子)

2020/9/13

海外の熱きフェミニズム作品を私たちに紹介してくれる翻訳家たちは、お仕事以外にどんなフェミ本を読んでいるのだろう? 読書リレーエッセイ第3回は、韓国語翻訳の小山内園子さんが、「世代」違いのシスターに思いを馳せたくなる韓国で話題のエッセイ本について語ります。

 

2020年8月中旬。
なんだかんだとリモートである。長年、数か月に1回の頻度で飲み続けてきた友人ともこのご時世ではめったに会えず、仕方がないから「リモート飲み会」と称してはリビングで発泡酒を空けている。

全員女性で50代。テレビ業界で仕事をし、子どもはいない。持つのを望んでいなかったパターンもあれば、望んで叶わなかった私のような人間もいる。私自身は30代でテレビ業界から脱走したが、他のメンツはいろいろ言いながらまだ続けている。
とはいえ世の中リモート。
みんな在宅勤務メインで、したがって足で稼いだネタは少なく、どうしたって話題はマスクとかGo Toとか総理とかの天下国家(?)寄りに。
話題はぐるぐるなのにリモート飲み会ってやつはなぜだか別れが名残惜しく、なかなかお開きにならない。夜が更け酔いも回ったころ、自然と話題は昔話になった。

あの頃。20世紀の世紀末で、私たちは入社ホヤホヤで、盛んにセクハラ、パワハラにさらされていた頃。
当時の被害の告白や、セクハラされそうになった後輩を危機一髪のところで救出したとかの自慢話を順繰りに話した後で、なんとなくしんみりした。
誰かが言った。
「でもさ、あの頃は、ああいうのをいかにかわすかで頭が一杯だったんだよね。『お前ら間違ってるぜ』って声を上げるなんて発想、皆無だった。若い人の前じゃ、申しわけなくて言えないけどさ」と。

……ああ、もしこれを読まれているあなたが30代以下だったらごめんなさい。ここから先は、少し反省文になります。
「お前らみたいなのがいたから、ケッ」とか思われちゃうかもしれません。でも偽らざる思いだし、せっかくの機会なので。

無理矢理話題をつないでしまうのだが、韓国で2019年4月に出版され、大きな話題になったエッセイがある。
キム・ジナ著、『私は自分のパイを求めるだけであって人類を救いにきたわけじゃない』(韓国、パダ出版社)。
著者は40代で、かつて大手広告代理店の人気コピーライターとして鳴らし、現在は女性の解放区ともいえるブック・カフェを運営している。表紙の、ショートカットの女性がふさふさの毛の狼と肩を組むイラストが印象的だ。

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「彼女はこの本を反省文だって言ってたんだよね」
直接キム・ジナさんにインタビューしたタバブックスの宮川真紀さんの言葉を聞き、本格的に読み始めた。

「男性に奪われたパイの残りを、女性同士で奪い合ってはいけない。むしろ、本来女性に与えられるべきパイを取り戻さなければ」

20代、30代に広告業界でドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』を地で行くバリキャリ生活を送った著者は、40代に退職をする。そして#Me Tooの波をまともにかぶり、自分より若い世代がギリギリのところで声を上げ始めたのをみて、自分の“ワーキングガール”時代(注1)にはじめて思いを致す。
主体的に、自由に生きてきたつもりだったが、はて、もしかしてこれは全部選ばされていたのでは。最初から小さなパイしか与えられず、それを女同士で競わされていたのでは。

一度気がつきはじめると次から次へと黒歴史が発動する。
一流コピーライターと呼ばれるために、率先して女性の性的な魅力をアピールするCMを作ったこと。自分の稼ぎでハイブランドのものを買うのが自立だと思っていたこと。女が男を選ぶ時代だと若く貧しい年下ミュージシャンと恋をし、貢ぎ、でもむしろ変に男を立て、自分を殺し、「年上の女」ではなく「老けた彼女」とみられまいと必死に肌の手入れをしたこと。
読了後、#MeTooの動きのなか心の片隅で小さくなっていた別な自分が慰められた気がした。

90年代に社会人デビューしたリモートメンバーの私たちも、世代的には彼女に近い。そして日韓の差はあれ似たような感覚だった。まして足を踏み入れたのは旧態然とした男社会のマスコミだ。
「インタビューってのはな、パンツの中まで見せてもらう覚悟があるかなんだ」と謎の説教をしていた男性上司もいたし、「女はどうせ使い物にならない」と男性としか話さない先輩もいた。
担当部署の関係で永田町に出入りしていた頃は、男性記者に半笑いでこう言われた。「女はいいよな。人数少ないからすぐに政治家に顔を覚えてもらえて。いざとなると女使うんだろ」

じゃあそこでキレたかというと、キレなかった。むしろ、「ああそうだよ、“女”をメリットにお前らの鼻を明かしてやるよ」と、完全に方向違いのファイトを燃やしていた。
私だけではない。「しなやかに生きる」が人生訓だった先輩にはこう助言されてもいた。「永田町ではできるだけパステルカラーの、スカートのスーツよ。せっかく女なんだから、有利に使わなきゃね」

……ああ、ここで「だからさ、そういうお前らのせいで何も変わらなかったんだよ!」と思った皆さん。正解です。でも、言い訳をすると、思いつかなかったのだ、他の闘い方など。名誉男性以外のパターンの成功女性は、いくら探しても自分の周りにはいなかった。

『私は自分のパイを求めるだけであって人類を救いにきたわけじゃない』のある章に、企業社会をサバイブする女の典型的な戦略パターンが紹介されている。それによれば、ざっと4パターンだ。

①性別を超越して男性とつきあう「弟」戦略
②臆病で謙虚、男性の守ってあげたいハートをくすぐる「妹」戦略
③男が苦手なことをどんと引き受けてやる「母ちゃん」戦略
④どのパターンにも与せず我が道を行く「イカレ女」戦略

先のリモート飲み会で、まるで自分の著作のごとく偉そうにその話をすると、今や部下を持つ身の先輩が言った。
「ああ、よくわかる。でもって、20世紀ワーキングガールの俺としては、①から③の選択肢しか、そもそもなかったんだな。はあ〜」
「だって、そもそも④選ぶのヤバイですよ、って空気だったもん。うまくこの社会乗り切るには②が一番オトク、って無言の圧力感じたし。あんとき僕らが全員④を選べてたら、今の若い世代にもっといい社会を手渡したんだろうね」
「自分と同期の男がいまや立派なセクハラおやじになってるのをみると、本当にワシらのせいだと思うよ」
(ちなみにこのリモート飲み会は、自分を「俺」「ワシ」「僕」と呼ぶ者が多い)

どんより反省モードになったところで、さすがにこれ以上はと午前1時にリモート飲み会は終わった。
最後に誰かが景気よく言った。
「じゃあさじゃあさ、コロナが収まったら韓国行って、キム・ジナさんのカフェにいこう。せっかくステイホームなんだから、ぼく、家でハングル勉強する!」

伝説のフェミニスト、田嶋陽子さんの『愛という名の支配』の文庫本解説で、作家の山内マリコさんがこんなことを書かれていた。
社会が次第に保守化し、自立を目指したくても不安定な雇用状況に思うにまかせず、下の世代に専業主婦を夢見る人があらわれてもやむを得ない状況。そんなときにフェミニズムを知ったのだと。
「20世紀の女性たちがこじ開けた未来が、21世紀に入ったとたん、ぐるりと一周して押し戻されようとしている。わたしがフェミニズムに目覚めたのは、そういうタイミングだった」

この「20世紀の女性たち」の末尾を飾る(?)のが、おそらく私たちの世代だった。どうだろう。私たちの世代は、未来を、こじ開けたのだろうか。
こじ開けたのは未来ではなく男性優位社会の裏口。しかも、どんどん次の人が入れるようにどかーんと開け放ったのではなく、自分自身の身体を入れることだけにしゃにむになっていたのではないか。

でも、でも、でもですよ。
もちろん、反省は必要だ。でも、反省を酒の肴にしてアフターコロナは韓国へ♪では、ちょっともったいなくないか。
『私は自分のパイを求めるだけであって人類を救いにきたわけじゃない』もそうだが、韓国のフェミニズム本には「バトンを渡す」という意識を感じる。挫折と蹉跌をきちんと伝える。体験を共有しようとする。だから「20世紀のワーキングガール」だった私たちも、自分たちの中で閉じていちゃあ、いけないんじゃないか。

とりあえず。ハングルを訳している私としては、一冊でも多く、「蹉跌」を「轍」にできる本を訳そう。幸い韓国書籍、ごまんとあるから。いい本が。

【紹介した本】
① キム・ジナ著『私は自分のパイを求めるだけであって人類を救いにきたわけじゃない』(韓国、パダ出版社、2019)
② 田嶋陽子著、『愛という名の支配』(文庫版、新潮社、2019)

注1「ワーキングガール」

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この言葉、いまどきはあまり使いませんが、1989年にハリウッド製作で『ワーキングガール』という映画がありました。「アメリカにもお茶くみが!?」といろいろ驚く場面満載。20世紀的サクセスストーリーです。

 

小山内園子(おさない・そのこ)
東北大学教育学部卒業。NHK報道局ディレクターを経て、延世大学などで韓国語を学ぶ。訳書に、ク・ビョンモ『四隣人の食卓』(書肆侃侃房)、キム・ホンビ『女の答えはピッチにある』(白水社)、イ・ミンギョン『私たちにはことばが必要だ』(タバブックス、すんみと共訳)など。近刊に、チョ・ナムジュ『彼女の名前は』(筑摩書房、すんみと共訳)。