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「南米といえばフェミニズム」第12回:国境とは地球に刻まれた傷跡(岩間香純)

2022/12/14

「南米」「ラテンアメリカ」と聞いて思い浮かべるのは? 「危険」「治安」「発展途上」などなど、ステレオタイプが今でもひとり歩きしているのではないだろうか。南米エクアドルに住むフェミニストが、自分と南米とフェミニズムを語り、現地からレポートする、悪しきイメージを蹴散らかす連載エッセイ。今回は、著者がエクアドルから日本に移動するときに突きつけれられ、改めて考えた「国境」のこと。国境ってなんなんだ。12月18日は国際移民デー(International Migrants Day)です。

 

Las fronteras son cicatrices en la tierra.
国境とは地球に刻まれた傷跡

どこかで読んで以来ずっと脳裏に残るフレーズである。

国境を越える移動というのは誰もが平等に、または気軽にできることではない。日本のパスポートでは、事前に観光ビザを申請せずに世界193カ国を訪問でき、今や「世界最強のパスポート」として知られている(2022年7月19日付【1】 )。おかげで日本国民は自由に世界を旅し、そこで体験する多様性、文化、己の成長などを謳歌できる。

エクアドルのパスポートで同じことができるのは世界93カ国(2022年6月2日付)。エクアドル人がアメリカ合衆国や日本や欧州のシェンゲン協定加盟国へ旅行する場合、事前にいくつも書類を用意し、旅先の国の大使館で観光ビザの手続きを行い、申請費を支払う必要がある。

我が家も今年、家族全員揃って日本に行くために、私のパートナーと彼の長男の日本の観光ビザ申請の準備をした。コロナ禍で申請できるのは日本国籍者の家族、3親等まで。うちの場合、事実婚でも家族申請として認められるのか、法的に私とは「家族」ではないパートナーの長男も申請できるのかなど大使館領事部に問い合わせた。

パートナーとの事実婚関係をこっちの身分証明書で証明できるが、長男に関しては最初は「外務省本省にお伺いすることになるかもしれない」と言われ、心配になった。「日本の外務省本省」……「多様な家族の形」とか絶対理解できなさそうなやつじゃん!

最終的には大使館で対応できると言われ、一安心。結果的に二人のビザは無事におりて、家族で日本に行けることになった(そして、運よく二人ともまだ有効期限が切れていないアメリカの観光ビザがあったので、無事にアメリカでの乗り継ぎもできる)。

***

大勢のエクアドル人が、外国に移動した時があった。それは2000年の米ドル移行の時である。それまで流通していた自国通貨のスクレがほぼ無価値になり、政府は米ドルへの移行を決意。この時、突然銀行は閉まり、国民は自分の口座を確認できなかった日があった。そして翌日に口座を覗いてみると、残高5ドル。

どういうことかというと、この時のスクレとドルのレートが1米ドル=25,000スクレだったのである。たとえば125,000スクレの残高があったとしても、変換レートによって一瞬にしてほぼ全財産を失い、一から生計を立て直さなければいけなかった。それで鬱病を発症する人や、自殺に追い込まれた人もいた。また、それまで何年もスクレで年金を納めていた人たちも、将来の受給額が大幅に減ってしまい、ドルで納めなおしを余儀なくされた。

そんな当時、生計を立て直すと言っても国は大混乱。仕事もない。お金もない。そこで、大勢のエクアドル人女性は外国へ行き、ドメスティック・ワーカー(家事労働者やベビーシッター)としての職を求めた。行き先は北米がもちろん多かったが、ほかにもイタリア、スペイン、スイスも人気が高かった。私と同世代の30代のエクアドル人の中には、両親が数年間外国に出稼ぎに行っていたという友達もいる。ある友人はその間は祖母に育てられながら、両親が帰ってくるのを心待ちにしていたという。

家族に仕送りするための収入を求めて外国に行った人たちの中には、就労ビザを持たず、観光ビザでオーバーステイしながら働いていた人も少なくない。そういう人たちは移民ステータス(在留資格の有無)ゆえ、低賃金や劣悪な労働環境のもと働かされることが多い。しかし国、いや、いまや世界経済はこうした搾取労働によって支えられ、搾取労働に依存しているため、どこの国でも非正規移住者【2】を生み出す仕組みを改善しようとする政治家はほとんどいない。

この原稿を書いている今、1米ドルは140円だ。20年前のエクアドル人のように、経済的な理由で外国に移住しなければならない日本人もこれからたくさん出てくるかもしれない。

12月18日は国際移民デーだ。日本でも、移民は様々な困難を抱えている。ベトナム人実習生女性が双子を死産し、日本の法に裁かれたという事件は記憶に新しいであろう。入国管理局の監視の下、外国籍移住者が死亡するという残酷な事件も後を絶たない。移住者が自分の在留ステータスを気にして、最善の判断を躊躇し、適切な支援も受けられない状況を社会は放っておいていいのか。国がいとも簡単に人を収容し、その人が死亡するなどあっていいのか。

国境ってなんなんだ。ビザってなんなんだ。それらによって守られているのは誰の安全、利益、権力だ。

国境とは地球に刻まれた傷跡。

 

[1] https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-07-20/RFAV4PDWX2PU01
[2] これまで、ビザ無しで滞在する人は「不法移民」と呼ばれてきたが、国境とは人工的な線引きで、近年では「不法移民」や「不法滞在者」という呼び方に疑問や批判が集まっているため、「非正規移動」「非正規移住者」などという表現もでてきている(Irregular migration)。

 

エクアドルと日本のパスポート

 

岩間香純(いわま・かすみ)
アーティスト、日英翻訳家(たまに西語も)。日米の間で育った二文化から生まれるハイブリッドな視点でフェミニズムやアイデンティティなどのテーマを基にメディアを限定せず制作している。アメリカの美術大学を卒業後しばらく日本で生活し、2017年に南米エクアドルに移住。2021年にエクアドルの大学院を卒業。現在も首都であるキト在住。