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「南米といえばフェミニズム」第6回:ここにいるーーLGBTQ差別の歴史と未来(岩間香純)

2022/6/15

「南米」「ラテンアメリカ」と聞いて思い浮かべるのは? 「危険」「治安」「発展途上」などなど、ステレオタイプが今でもひとり歩きしているのではないだろうか。南米エクアドルに住むフェミニストが、自分と南米とフェミニズムを考え、語り、現地からレポートする、悪しきイメージを蹴散らかす連載エッセイ。今回は、エクアドルのプライドパレードについて。パレードのルート遍歴から見えてくるものとは。

 
ラテンアメリカでは現在エクアドル、ブラジル、チリ、アルゼンチン、ウルグアイ、コロンビア、コスタリカ、メキシコ(州による)で同性婚が法的に認められている。

エクアドルでは2019年に同性婚が合法化された。「カトリックが強くて保守的」というイメージのあるラテンアメリカの国で、同性婚が合法化されたと聞いて驚く人もいるだろう。でもあっさり合法化されたわけではない。そこには辛い過去と長い戦いの歴史がある。

エクアドルでは同性愛が1997年まで犯罪だった。

90年代、ある残酷なできごとが頻繁に起こっていた。
それは、警察官集団による「トランス狩り」だった。警察官たちは夜な夜なトランスジェンダーの人たち(主にセックスワーカー)を捕まえては、キトのカロリナ公園の人工の川に投げ込んでは見るのを楽しんでいた。キトの標高は富士山の五合目よりも高く、朝晩は冷え込むため、水の冷たさで亡くなったり、溺れたりする人もたくさんいた。警官たちが罪に問われることは滅多になかった。

    警察官たちによってトランスの人たちが投げ込まれ、拷問されていたカロリナ公園の人工の川

 

2017年、私がキトの旧市街近くの大きな公園を散歩していた天気のいいある日。歩いている道の先で人だかりができているのを発見した。なんだろうと思って近づいたら、若い男性と年配の男性が口論していた。どうやら若い男性はゲイで、年配の男性はそれが気に入らなかったようで、若者に対して攻撃的になっていた。

「別にゲイで何が悪い?誰にも迷惑かけてないだろ!」

「お前のような奴は恥だ!出ていけ!」

「なんでだよ。みんなと同じようにここにいる権利はありだろう」

「どうせお前はエクアドル人でもないんだろう。訛りでわかる。ベネズエラ人だな! だからだ!」

だから何? だからゲイだ、とでも言いたいのか、このおじいさんは。「本当の」エクアドル人がゲイなわけないのか。

当時はベネズエラの政治が不安定のピークを迎え、通貨がほぼ無価値になったため、多くのベネズエラ人がコロンビアやエクアドルに移動していた。難民として入国したベネズエラ人たちは政府にも、多くのエクアドル住民にも差別され、大変な状況に陥っていた。そんな社会的背景もあり、おじいさんの中では多分、LGBT差別とベネズエラ人差別が自然と絡み合っていたのだろう。

同性愛非犯罪化から20年経った2017年でも公園のおじいさんみたいに、同性愛者がいることを受け入れられない人はたくさんいる。また、20年前に非犯罪化されても、2014年まで同性愛者矯正施設は存在した(多くは薬物使用からのリハビリ施設の建前で運営されていた)。今はそういった矯正施設も違法になったが、実際存在したのは遠くない過去の話である。

しかしLGBTに対しての世論も少しずつ変わっている。
プライドパレードが始まった2009年、パレードは旧市街メインのルートだったが、それからだんだんと若者が多く集うプラザ・フォッチュという繁華街(渋谷のセンター街のようなところ)に移動して行った。それが、同性婚が合法化された2017年のプライドパレードは、主催のORGUIOによってキトの旧市街を通過するルートに戻された。

旧市街に戻されたことは何を意味するのか。
まず、キトの旧市街は世界一保存状態がいいとされる、世界有数の歴史ある旧市街である。観光地としても機能し、いわば「国の象徴、誇り」ともいえる。そんな旧市街はまた、国の保守的な価値観や「伝統」を象徴する場所でもある。それは植民地の歴史、LGBTや人種的マイノリティーの排除、旧市街中心の広場にある大統領府が示す権力の存在。

そんな場所に、プライドパレードが切り込み、普段の旧市街及び「伝統的な」エクアドルの持つイメージを一変する。繁華街でパレードが行われていた時代は「若者が騒いでいる」という風に思われていたプライドパレードも、旧市街に移すことで本来の政治的な力を取り戻したように思えた。

しかしLGBT差別がなくなるにはまだまだ時間がかかりそうだ。長男の学校でも、からかう目的で「それってゲイだね」や「ホモセクシャル!」と言い放つ生徒がいると彼から聞いた。悲しいことに、子どもたちはそういう価値観や態度をきっと家族、学校、ご近所付き合い、テレビなどあらゆる生活の節から学んでいるのだろう。そして、そういう出来事があった時の学校の対応も正直安心できるものとは言い難い(学校にもよるだろうが)。

同性婚合法化という一歩前進があっても、社会全体が同じペースで一斉に前進するわけではないことを身に染みて実感する。それでも少しずつでも行動していくしかない。パレードのルートを旧市街に移す、という一見特別な意味がなさそうなことでも、大きな象徴的な意味が果たされるのである。旧市街は国の歴史の象徴。歴史だけではなく、未来に向けて「私たちはここにいた、いる、居続ける」と発信するパレードとなった。

    2017年のプライドパレード。先頭を行くのはエクアドルで一番有名なドラァグ・クイーン、ラ・パカさん

 

同性愛非犯罪化から25年になる今年のパレードのルートは警察がトランスジェンダーの人たちを投げ込んでいた川のあるカロリナ公園を一周するルートになっている。最後は公園中心にあるローマ法王ヨハネ・パウロ二世が訪れた際に説教をした場所に置かれた記念碑の前でお開きだ。この場所の辛い過去を忘れず、エクアドルのLGBTQの歴史の新しい一歩になる熱いパレードとなるだろう。

岩間香純(いわま・かすみ)
アーティスト、日英翻訳家(たまに西語も)。日米の間で育った二文化から生まれるハイブリッドな視点でフェミニズムやアイデンティティなどのテーマを基にメディアを限定せず制作している。アメリカの美術大学を卒業後しばらく日本で生活し、2017年に南米エクアドルに移住。2021年にエクアドルの大学院を卒業。現在も首都であるキト在住。