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「南米といえばフェミニズム」第3回:エクアドルの人工中絶禁止の実情(岩間香純)

2022/3/14

 

「南米」「ラテンアメリカ」と聞いて思い浮かべるのは? 「危険」「治安」「発展途上」などなど、ステレオタイプが今でもひとり歩きしているのではないだろうか。南米エクアドルに住むフェミニストが、自分と南米とフェミニズムを考え、語り、現地からレポートする、悪しきイメージを蹴散らかす新連載スタート! 第3回は、著者自身も経験した、エクアドルでの人工中絶の実情について。

 

私はフェミニストになってから、生殖や体に関しては主体的に選ぶ権利と環境を支持してきたが、そのための法整備がいかに重要かはこれまであまり考えたことはなかった。しかしエクアドルで暮らし始めてそれを自ら体験することになった。

今でも人工中絶非犯罪化 (1)はラテンアメリカのフェミニズムで緊急課題トップ5に入るだろう。南米で人工中絶が完全に非犯罪化されているのは、アルゼンチン、ウルグアイ、ガイアナ。カリブ諸国ではキューバ。厳しい条件付きで合法化されている国がほとんどであるが、一切禁止という国も存在する。

エクアドルでは2021年4月にようやく「レイプの結果である妊娠の場合の中絶」が憲法裁判所によって「人権」として認められた。それまで許されていた条件は「レイプの結果であり、かつ女性に知的障害がある場合」のみだった。今回の憲法裁判所の判決により、性暴力被害者が安心して人工中絶を選ぶことができるようになることが期待される。とはいえ、レイプによる妊娠だと医療機関に認められなければ、中絶もできず、中絶ができたとしても違法のままだ。被害女性が医療機関に対して、自分は性交に同意しておらず、それはレイプだったのだと証明しなくてはいけない理不尽なケースはまだまだ非常に多い。「性交同意年齢」(エクアドルでは日本より1つ上の14歳)に満たない子供がレイプされた場合は、「同意があったかどうか」という観点は問われないため、今回の判決は10代の中絶へのアクセスを可能にし、権利を守るだろうと言われている。

現在も人工中絶の罪で300人以上の女性が刑務所にいる。中には流産だったと訴える女性も少なくない。受刑者には20歳以下の女性も多い。

ここで質問。流産と人工中絶の見分け方は?

答え:ほぼ違いはなく、見分けることも極めて難しい。

英語では中絶と流産は一般的にはabortionとmiscarriageと言い分けるが、miscarriage(流産)の別名はspontaneous abortion(自発的中絶)である。スペイン語でもaborto(人工中絶)とaborto espontáneo(自発的中絶=流産)と呼ぶ。自然流産であろうが、人工中絶であろうが、身体への異変やプロセスは似ていて、一般人どころか、医者でも見分けが難しいことがある。

エルサルバルドルでは中絶が法律で全面禁止されている。その国である日、ある女性が流産による出血で病院に運ばれた。病院は彼女が人工中絶を行ったことを疑い、警察に通報した。警察は彼女を手錠でベッドに繋いだ。よくよく検査すると、未確認の悪性腫瘍が流産を発生させたことが判明した。エクアドルでも、15歳の少女が出血で病院に運ばれたが、病院は彼女が隠れて中絶を行ったのではないかと疑い、処置より先に警察を呼んだ。

病院の対応の結果、二人とも亡くなった。

 

2018年9月のアボルト・リブレ(安全、無料の中絶を求める運動)のデモに集まったフェミニストたち。

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大学院が始まる1ヶ月前、私は妊娠していることが判明した。予定しておらず、これから学業が始まるタイミングだったため喜べなかった。しかしエクアドルでは中絶が違法であるため、決断するしかない。このまま生むか、自分で中絶を行うか。もちろん後者には法的、身体的リスクがある。しかし私はそれを選び、人工中絶支援をしているフェミニストコレクティブのホットラインに電話した。まず説明会に来るよう指示され、誰か付き添う場合、女性であることが条件だったが、私は一人で行くことにした。

説明会にいた女性は、女子大生らしき女性が二人、30代っぽい女性一人と私。私以外の3人は友達と来ていた。30代っぽい女性は先住民のようで、たまに友人がスペイン語から先住民言語に通訳していた。

説明会では中絶用の経口薬について教わった。途中から「産んだ方が楽かも」と思うほど大変そうだった。

「薬が溶けるまでベロの下に入れておかないと絶対ダメです。吐き気がするかもしれないけど、バケツを用意して、吐いたらピルをすくいだして濯いでもう一度口に入れてください」

「薬にアレルギー反応を起こす人が稀にいます。心配だったら始める30分前に抗アレルギー剤を飲んでください」

「陣痛のような痛みと出血が始まります。生理用ナプキンをつけて、30分で吸収量がいっぱいになったら取り替えて、それが1時間半同じ量が続いたり、または血量が増えていたりしたら、危ないので30分以内に病院に着くようにしてください」

「住所を教えてください。あなたの近くの危険な病院と安全な病院をお伝えします」

危険な病院とはつまり、中絶を疑って警察を呼ぶ病院である。

怖いけどやるしかないと決意し、コレクティブが秘密で入手できる中絶薬の注文を入れた。私の担当となったコレクティブの女性とのやりとりはトラッキングされにくいメッセージアプリを通してすることになった。

説明会の翌日、近所の定食屋でお昼を食べたら、お腹を壊して半日寝込んだ。そしたらその次の日、突然出血が始まった。

まさか、昨日の食中毒で流産……?

ネットで検索したら食中毒で流産することはあり得るらしい。

とりあえず中絶担当にメッセージで状況を説明し、友人にも電話しておいた。午後2時頃、なんと言えばいいのかわからない痛みでトイレに座ったらお腹の中の膜が引き裂かれる感覚とともに、ポトっと何かがトイレに落ちた。見てみると、ちょっとブヨブヨしたような血の塊があった(これは、まさか胚子というもの?)。出血が続いたので心配だったが、量はちょっとずつ減っていたようなので、痛みが残ったまま出勤した。

次の日、出血も無事に止まったと担当者に連絡したら、あとはエコーで本当に流産したのか確認する必要があると言われた。「でも私は妊娠が発覚してから病院にかかっていない。突然、流産したからエコーで確認したいって言ったら警察を呼ばれないか」と一瞬怖くなったが、『安全なクリニック』を紹介してもらった。

「子宮内はすごくキレイで健康です。嚢胞の形跡一つない。何も問題ないですよ」と医者は言った。お肌もそこまで調子良ければいいのに。

私はラッキーだった。都市部に住んでいるため中絶を望めば支援先とすぐ繋がることができ、運よく大事に至らず、医者にも疑われず、ことは終わった。1ヶ月後には何事もなかったかのように大学院に入学し、勉強に集中することができた。でも私みたいにうまくいくケースばかりではない。疑われて、必要な処置を受けられなかったり、刑務所に入れられたり、最悪の場合自分で処置しようとして命を落とす人もいる。

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中絶を犯罪化すると、恐怖が生まれる。それは中絶を求める側の女性が持つ恐怖だけではない。例え中絶を行っていなくとも、医者も恐怖に支配されて行動する結果を生む。なぜ医者まで怯えるのか。それは次のような状況が生まれるからである。犯罪であるということは取り締まる必要があり、その犯罪を犯している人がいれば罰せなければいけない。中絶の罪で有罪判決が下されるのは、女性だけではなく、時にはそれを施した医者にも及ぶ。そのため、医者は恐怖から「疑われる前に疑う」ことを選び、法的には通報義務もないのに、自分の身の潔白をまず証明するため、出血で運ばれる女性を警察に突き出す。

中絶の犯罪化は、妊娠できる体を持つ人の選ぶ権利を奪うだけではなく、社会に恐怖を蔓延させ、医者が適切な判断と治療を躊躇する環境を作っている。その結果、死ななくてすむはずの人が毎年たくさん亡くなっている。

中絶を求めようが、中絶に反対であろうが、妊娠する可能性のある人間である以上、流産しても犯罪者になりうる可能性がある国がたくさんある。妊産婦死亡率が上がるのも、中絶違法国の特徴。これからエクアドルでは昨年の憲法裁判所の判決に基づいて人工中絶に関する新しい法律ができるが、それがどのような内容になるか不安と期待が募る。

2021年4月29日。エクアドル憲法裁判所がレイプによる妊娠の場合の中絶に関して審議中、最高裁の建物の前に集まったフェミニストたち。
【注】
(1) 非犯罪化(Decriminalization)と合法化(legalization)の違い:非犯罪化はその行為から完全に犯罪の定義がなくなること。合法化は、一部的に行為を許すこと。例えば、人工中絶は犯罪であるが、レイプの結果の場合は合法である、など。

 

岩間香純(いわま・かすみ)
アーティスト、日英翻訳家(たまに西語も)。日米の間で育った二文化から生まれるハイブリッドな視点でフェミニズムやアイデンティティなどのテーマを基にメディアを限定せず制作している。アメリカの美術大学を卒業後しばらく日本で生活し、2017年に南米エクアドルに移住。2021年にエクアドルの大学院を卒業。現在も首都であるキト在住。