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「ある在日朝鮮人のフェミニストが考えていること」第5回:水を得た魚、飛び出した魚(uhi)

2026/7/14

ある在日朝鮮人のフェミニストが考えていること

日本・韓国社会のなかで在日朝鮮人3世として抱かざるを得なかった違和感、個人的な経験と大きな「国家」たちのはざまで生まれる葛藤、癒されないトラウマ、ときに喜びや希望。入管運動や関東大震災朝鮮人虐殺の記憶継承に取り組み、クィアのアーティスト/アクティビストとして活動するuhiさんによる連載です。第5回は前回に続いて、朝鮮学校のこと。そこに通う子どもたちが日々さらされている恐怖、それは私たちのごく身近な会話がつくりだしているかもしれない。どんな魚も自由に泳げるはずの水に、ヘイトという液体を注いでいるのは誰か。今回も大事な話を書いてくれました。(文章内イラスト:uhi)

*本回には、レイシズムおよびセクシズムの具体例が多く出てきます。ご自身の体調に合わせて、無理せずお読みください。

「水を得た魚」という慣用句は、
母がよく話していた伯母のエピソードを通して知った。

日本の小学校に通っていた伯母は、チョーセンジンだからと石を投げられたり随分悔しい思いをしていたという。そんなことで学校を変えることになったが、当時住んでいたところから一番近くの朝鮮学校は電車で片道1時間半。それでも朝鮮学校に通うことによって、自分の姉が「水を得た魚」のように急に生き生きとし出した姿を間近で見ていた母は、よほどそのことが印象に残っていたのだと思う。

おそらく、1960年代の話だ。

それをいつまでも新鮮に、
びっくりしたように、どこか嬉しそうにしながら話す母の姿が、
私もまた深く印象に残っている。
60年代と言ったら、私の時代はもちろん、今とは比べ物にならないくらい朝鮮学校の学生数も多かった時代だ。
そうして母は小学1年の時から朝鮮学校に通うことになり、回り回って私も小1から朝鮮学校に入学した。

・・・・・

卒業して社会人になってからはそうそう朝鮮学校に行くこともなかったが、
昨年、ある朝鮮学校の「学芸会」を観にいく機会があった。

学芸会は、歌や踊り、演劇など学年ごとに全校生徒が準備をした出し物を、地域のホールなどで保護者や朝鮮学校関係者に披露する、学生にとっては年に1回の一大行事である。

私はその学校の出身というわけではなく、友人も行くというのであまり深く考えずに観にいったら、オープニング早々、なぜか涙がボロボロと流れ出てきてしまった。

小学1年生から中学3年生まで、全校生徒約30人での合唱。

舞台中央に横3列でポツンと集まっている。もっと、学芸会といったら両側の舞台袖まで学生が目一杯に並んでいるイメージだったのだが、広い舞台の空白が際立ち、あまりの数の少なさを突きつけられたようだった。それと同時に、少人数で何ヶ月も一生懸命準備してきたのだなと一瞬のうちに考えが巡った。

30人だと、一つのクラスの人数といってもいい数である。

それが同い年ではなく、6歳の小ちゃい子から背の高い15歳までの子たちで成り立っている。私が小学生の時に通った別の朝鮮学校では一クラス20人前後はいたため、なんでも学年単位で行動し、上級生たちはなんとなく遠い存在に見えていたけれど、これくらいの少人数になると学年も関係なく、きょうだいや家族のような雰囲気を感じられた。

小学1年生が習いたての朝鮮語のセリフを覚えて話す劇。一人一人色の違うカラフルなチョゴリを着た小学2・3年生が織りなす「タンシムチュルノリ」(단심줄 놀이: 一本の棒のてっぺんから生えた複数の長い布を一人一人が手に取り、中心軸の周りを交差しながら回って布を編み込んでいく遊び)。小学4・5年生はたくさんのマジックを披露してくれて会場を笑わせてくれた。小学6年生は切れ味のあってかっこいい「タルチュム」(탈춤: 伝統的なお面をつけて踊る舞踊)。中学1・2年生は、民族教育を先代たちがどのように立ち上げ、守ってきたのかを題材にした演劇。そして中学3年生は圧巻の「サムルノリ」(사물놀이: 4種類の伝統打楽器を使った農楽の演奏)を披露した。

その他にも、舞踊部による朝鮮舞踊や、その年卒業する中学3年生たちの幼い頃からの写真映像も舞台に映し出され、たった数人の学年で9年間一緒に過ごしてきたのだという成長ストーリーまで観ると、もう感無量だった。日本人や韓国人支援者が朝鮮学校に関わると感動しちゃう現象を横目に白い目で見ていたものの、私もまんまと泣いてしまう辺り「これは大人のエゴか……?」と感じ、我ながらなんだか可笑しかった。

私自身は小学校の頃は美術部に入っていたため、舞踊や民族楽器など朝鮮の伝統芸能とはあまり縁のない学生時代を過ごしてきてしまった。私はとにかく絵を描くことが大好きだったし、舞踊部は女子生徒、サッカーは男子生徒という暗黙のジェンダー規範に子どもながらしっくりこなかったため、あまり性別関係なく部員の入り混じる少人数の美術部が今思えば自分にとって結果的にやりやすい場所だったのだと思う。でも、今回大人になって学芸会を観てみると、もう少し積極的に伝統的な文化に触れても良かったなと、ちょっと羨ましい気持ちになった。

とにもかくにも、この日は学生たちによる朝鮮文化と生き生きとした表現を堪能し、とても勇気づけられたのであった。

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このような朝鮮の伝統文化の練習は、特に部活に入っている子たちは全国の朝鮮学校の大きな大会に毎年出場したり、そこで入賞すると朝鮮(共和国)に行って大きな公演に出る機会を得る。そこで他の朝鮮学校の学生たちと共に切磋琢磨し、舞踊や民族楽器のスキルを磨き上げる。

例えば日本でストリートダンスやクラシック音楽を習っている子たちが本場の雰囲気を体感しようとアメリカやヨーロッパに短期間なり長期間行ってみるのと一緒で、朝鮮学校の子たちは共和国に行く。

朝鮮学校の学生たちが共和国に行く機会は他にもある。高校の修学旅行だ。
茨城朝鮮学校第58期生の修学旅行の様子を収めた『蒼(そらいろ)のシンフォニー』(朴英二監督・2016年)というドキュメンタリー映画もある。

こうした共和国への訪問は、コロナ禍では数年中断されたそうだが半世紀以上は続いており、朝鮮学校側は特にそうしたことを隠していない。隠す必要もない事実であるからだ。ただ勝手に驚かれ、「北朝鮮」との関係をもつことが差別される理由となる。

2018年、神戸の朝鮮学校の高校3年生たちが修学旅行で共和国から帰ってきた時、関西空港の税関でお土産をすべて没収される事件があった。(*1) 私も当時テレビのニュースで見たことを記憶している。日本による朝鮮民主主義人民共和国への経済制裁の一環として、2006年から共和国からの物品の持ち込みは「輸入」になるとして規制されているが、売買の対象とならない友人や親戚からもらった手土産などは認められているはずだった。(*2) (*3) これには日本政府に相当批判が集まり、最終的にほとんどが返却されたというが、自分も海外旅行に行って買ったりもらったりしたものが何か疑われ取られるという恐怖を想像してみてほしい。でもこの時私はニュースを見ても、行ったのが北朝鮮だったんだからこんなことになっても別におかしくないよねと無意識に思っていた。

朝鮮学校の生徒に対する差別は、日本政府によるものだけではない。特に2002年、日朝首脳会談が行われた際に、朝鮮が拉致問題を認め謝罪したことを契機に、在日コリアンへのヘイトスピーチはいつにも増して横行した。国際NGOヒューマンライツ・ナウによると、半年間で学生に対する1000件以上の嫌がらせが報告されているという。(*4)

また、2022年、朝鮮新報が各地の朝鮮高校の生徒に行ったアンケートでは「朝鮮人という理由で差別を感じたことがあるか否か」という質問に対し、「ある」と答えた学生は全体の67.2%に上った。通学路での視線やコソコソ言われる経験、朝鮮学校に通っていると言うと怖がられたり相手に態度を変えられた経験や、サッカー試合中にミサイルのことを言われたり不公平なジャッジをされるなど、スポーツ大会の場での被差別経験も目立つ。(*5)

同じく2022年、朝鮮民主主義人民共和国が弾道ミサイル (*6) を発射したというニュースが流れ、Jアラートが鳴り響いた直後、朝鮮学校には脅迫電話がかかってきたりヘイトクライムも頻発した。三重県では生徒が通学路で「ミサイル撃つなって言っとけよ」と言われたり、都内の生徒も電車登校中に「高校無償化とか言ってんじゃねーよ」と足を踏まれるなどしたという。また、通学中の生徒が駅の構内で命の危険を脅かすようなヘイトの落書きを発見し、警察にも通報したが、被害届は受理されなかったという。ネット上の書き込みにも差別投稿が溢れかえった。(*7)

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私自身、普段は付き合う日本人を選んでいるため、いわゆるわかりやすい差別は受けにくい環境で過ごせているのだが、それでも少し油断して一般の日本人と接触してしまうとヘイトに直面してしまうことがある。

私はこれは、キタチョーセン・フォビア(北朝鮮嫌悪)に起因するものだと考えている。

フォビアとは「恐怖症」や「嫌悪」として訳されるが、主にマジョリティが特定の集団に対し向ける大衆的な負の眼差しや偏見のことを言う。ホモフォビア(同性愛嫌悪)、トランスフォビア(トランスジェンダーに対する嫌悪)、ゼノフォビア(外国人嫌悪)、イスラモフォビア(ムスリムに対する嫌悪)などがあるが、それと同じように日本社会には北朝鮮嫌悪が形成されていると感じるのだ。

私が最近一番ショックを受けたのは、たまたま耳にしてしまった中学生たちの会話だった。
ある休日に、気分転換のため自宅のベランダに出たところ、見下ろすと向こうから中学生とおぼしき4人組が向こうの方から歩いてきた。うちのアパートは低いので、住宅街の通りを歩く人たちの話し声がよく聞こえてくる。そのうちの1人が、もう1人に向かって、なにやらジェスチャーをしてこう言いながら馬鹿にしていたのだ。

「お前の母ちゃんこんなんだから!俺一回見たことある、垂れ乳(笑)」

言われた側は、咄嗟に「お前嫌い」と絞り出していた。笑いながらそう言うしかなく、でもスタスタと1人早足で歩みを進め、表情とは正反対の行動をとっている。あとの2人も笑っている。

この時点で相当唖然としてしまった。思春期の頃から、常に自分の体型の良し悪しが他人の眼差しによってジャッジされ、比較されてきたどうにもできなかった過去の感覚。それが瞬時にフラッシュバックする。そして直後、その中学生は私にトドメの一撃を刺した。

「金正恩と一緒(笑)」

私は本当にここ数年、溜め込むのをやめる訓練を自分の中でずっと行なっていたので、何か言わなきゃと思って、「サイッテー!!!!」と、それなりに大きな声で下に向かって吐き捨てたのだが、もう中学生たちは過ぎ去ったあとだった。

そんな光景がトリガーとなって、もう随分も前の差別経験もふと蘇ってきた。
私は、初対面の人に自己紹介をする時、名前だけを告げると大抵「えっ?」と聞き返されることが多いため、「在日コリアンです」ということもセットで言うことが多い。その時も初対面の人にたしかそうしたのだった。すると相手は急に敬礼のポーズをしながら「こんにちは!金正恩です!」と私に向かって言ってきたのだ。あまりにも突拍子もないことに、当時は何も言い返すことができなかった。

最近はこんなフォビアにも遭遇した。
職場の人ではないが職場でなんとなく長い間顔見知りだったおじさんとひょんなことで話すようになり、2回目の世間話をしたある日のことだった。その人が最近仕事でアメリカに行ったとかなんとかで、トランプ政権以降の空港の入管の話をし出した。スマホがチェックされるようになり、政権に批判的なことを書いたら捕まるだか没収されるだかの話をし、私もちょうどそんなニュースを見ていたばかりだったため「本当やばいですよねー」と適当に相槌を打っていた。そこまではよかったのだが、おじさんは余計な一言を付け加えた。

「キタチョーセンみたい」

私も瞬時にカチンときて、一気に気分が萎えてしまった。「や、朝鮮の場合また話が別だと思いますけど」「いや、あくまで比喩の話としてね」「いや、別にわざわざそこで朝鮮を比喩に持ち出す必要ないですよ」「まぁそうだけど、言論の自由がなくなるって意味でね」との攻防を行ったが、相手は何もピンときていないだろう。

一瞬私が在日コリアンだって知らないのかと思ったが、前回の世間話で私はそれを明かしたはずである。しかし結局、キタチョーセンの話をするのに私がコリアンであろうがなかろうが関係ないのだろう。この社会で「北朝鮮」というものは存在自体あり得ないもので、全ての人がそれに共感して然るべき共通言語なのだから。

・・・・・

仕方がないのかもしれない。
だって独裁国家「北朝鮮」なのだから。
独裁者は国民を “洗脳” している「金正恩」なのだから。

批判されて然るべきなのである。世界中いろんな国で、民衆が独裁政治と闘って民主主義を手にしてきたし、今でもその渦中で闘う人たちがいる。それに比べて「北朝鮮」は、民衆が洗脳されてしまってそんなことすら起こらない。逆らう者がいるとすればみんな処刑。そんな「全体主義国家」なのだ。飢餓で苦しむ国民を置いて、自分だけ美味しいもん食って、太って、肥えて。おまけに核開発してミサイルも飛ばしてくる。

「金正恩と一緒」

「北朝鮮みたい」

誰かが言ってくれる。こんな国や人間と比べることが失礼だ。こんなのに例えることがおかしいことだよね。「朝鮮」というだけで、関係のないあなたがこんな人間に結びつけられて嫌な気持ちにならないわけないよね。

そうやって私——在日朝鮮人——のことを守ってくれるのだろう。寄り添おうとしてくれるのだろう。

こうやって頷いてくれる人たちの言葉が、私にはありがたいのだろうか。直接このように文脈立てて言われたことがあるわけではない。なのに私の脳内にはそういう言葉が、誰かの実態を持った話し声として、いつも聞こえてきてしまう。

そういう中で、私は声を失ったかのように、
水槽に閉じ込められた魚になったかのように、
自分の口をぱくぱくさせて気泡だけを出している。

物心ついた頃に観たテレビ画面。
笑顔の金正日総書記と小泉純一郎首相が握手を交わす映像を、子どもながらにおぼえている。2002年に平壌で行われた日朝首脳会談の時、私は朝鮮学校に通う、小学2年生だった。平壌宣言において小泉首相が「お詫び」を表明し、それに呼応するように金総書記が「拉致問題」を認め謝罪した。国交正常化に向けた一歩となっていく、そう思いきや、日本では「北朝鮮バッシング」が急拡大していった。その前年の2001年には、9.11同時多発テロによって「テロ」という言葉が日本にいる私たちの日常生活にも溢れかえると同時に、ブッシュ政権が名指ししたことで、キタチョーセンはイラクやイランと並ぶ「悪の枢軸」として急速に言説化されていた。

朝鮮学校ってキタチョーセンの学校? 肖像画があるって本当? そのことについてあなたはどう思ってるの? こういう「素朴な疑問」は常に向けられ、私も次第に内面化していった。

私はそういう疑問に答えなきゃと、自分の声をなんとか出さなきゃと、水面に向かって必死に泳いでいく。
やっと空気を吸えたかと思ったら、出てくる言葉は「私は北朝鮮はおかしいと思ってるよ!もともと朝鮮学校は言葉を教える民族教育のための学校だったし、色々あるけどみんなが北朝鮮を良く思ってるわけではないんだよ!」と。

必死に叫んでいた。

そうしないと在日のことを誤解されてしまう。朝鮮学校を否定されてしまう。
ただ普通に、在日として生きたいだけなのに、「怖い」とか「スパイ養成学校」だとか思われてしまう。もしくは、在日って何? 朝鮮学校って何? との純真無垢な無知に対し説明を尽くさなければならない。

どちらにせよ、一度「北朝鮮はあり得ない」という土俵に立たないと、在日朝鮮人だと名乗ることができない。

在日朝鮮人にとって民族教育がなぜ大事なのか認めてもらえないから。

・・・・・

私は「水を得た魚」じゃなかったのか?

昔は水槽の中に、水だけがあればよかったのかもしれない。
一世の親の苦労と暴力と隣り合わせ、みんなが戦後の貧困と差別からスタートし、
力を合わせて環境を改善していき、やがて砂利が敷かれ、岩なんかも現れ、外の世界からの色んな装飾品で水槽の中もだんだん豊かになっていく。

私はそんな過程も知らず、最初からその中に放たれたわけだから、それはそれは快適で楽しくて。その状態から見える景色はとても綺麗で。たまに外が羨ましくなったりもして。

自らの意思でだったらいいのだ、いくら飛び出したって。日本社会を、広い世界を、見てみたいと思うのは、日本に住んでいるのだから自然な気持ちである。

でもその前に、何か異質な液体でも注がれている気分だ。
マスメディアが煽るフォビア。
そして公助という酸素を断ち切ることによって、だんだんと生きていける水質ではなくなる。そんなまま、そこから逃げるように飛び出たって、外の社会で在日が堂々と安心して息を吸えるような場所を、誰もが簡単に探せるわけではないのにな。

だから、見つからぬのなら、共につくっていくしかないのだろう。
中と、外を、またにかけながら。

(*1) 在日本朝鮮人人権協会『人権と生活』47号・巻頭言、2018年11月12日 http://k-jinken.net/?m=201811
(*2) 経済産業省貿易管理部貿易管理課「対北朝鮮輸出入規制における一時的に出国し入国する者の携帯品特例の注意点について」2024年8月13日 https://www.meti.go.jp/policy/external_economy/trade_control/01_seido/04_seisai/downloadNK/20240813_nk_keitaihin.pdf?utm_source=chatgpt.com
(*3) 一般社団法人在日コリアン・マイノリティー人権研究センター「関空税関による神戸朝高生お土産没収事件」2018年8月8日 https://www.kmjweb.com/news/column/806.html
(*4) 国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ(2014)「在日コリアンに対するヘイト・スピーチ被害実態調査報告書」p.5  https://hrn.or.jp/activity_statement/2105/
(*5) 「~まだ終わっていない~ 高校無償化除外の“痕跡”③」、『月刊イオ』3月号、p.40-41
(*6) 2022年10月に発射されたものに関しては筆者が調べる範囲内では「ミサイルではない」裏付けが取れなかったが、日本政府やマスメディアは朝鮮が打ち上げた人工衛星を「弾道ミサイル」だと意図的に言い換え報道することがしばしばある。
黒井文太郎「誤解だらけの北朝鮮・衛星打ち上げニュース、7つの疑問に答える」JBpress、2012年12月26日 https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36817
朝鮮新報「〈そこが知りたいQ&A〉朝鮮の偵察衛星打ち上げ、その目的は?」2023年11月30日 https://chosonsinbo.com/jp/2023/11/29-162/
朝鮮新報「取材ノート 衛星と「ミサイル」」2024年06月19日 https://chosonsinbo.com/jp/2024/06/19-167/
(*7) 朝日新聞「朝鮮学校生徒への暴行など相次ぐ ヘイトクライム防止を法務省に要請」2022年10月18日 https://www.asahi.com/articles/ASQBL655GQBLUTIL002.html 、
週刊金曜日オンライン「ミサイル発射、Jアラート発出で朝鮮学校へのヘイト再燃」2022年11月5日 https://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2022/11/05/antena-1152/

 

uhi(うひ) 
1994年、東京生まれ。小学校は朝鮮学校、中高時代は韓国学校ですごす。かつて母が“帰国”を望んだ朝鮮民主主義人民共和国と父の憧れたアメリカの大きな存在を影に感じながら、日本・韓国社会の中で自分が在日朝鮮人3世として抱かざるを得なかった違和感を頼りに活動するクィア。ノンバイナリー。入管運動や関東大震災朝鮮人虐殺の記憶継承に取り組む。