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No.8「わたしたち、やり返す気満々だよ」(よこのなな) | book | エトセトラブックス / フェミニズムにかかわる様々な本を届ける出版社

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No.8「わたしたち、やり返す気満々だよ」(よこのなな)

2021/6/15

「翻訳者たちのフェミニスト読書日記」

海外の熱きフェミニズム作品を私たちに紹介してくれる翻訳家たちは、お仕事以外にどんなフェミ本を読んでいるのだろう? 読書リレーエッセイの今回は、スウェーデン語翻訳のよこのななさんによる、Zineが重要な役割を果たすあの作品!

 

『モキシー 〜私たちのムーブメント〜』というアメリカ映画が3月3日からNETFLIXで配信されている。配信前はさほど話題になっている感じはしなかったのに、配信開始直後から話題を呼んでいる。

『Moxie』ペーパーバック版書影(別バージョンあり)

 

わたしは原作となった小説が好きで、映画化されると知ってからずっと楽しみにしていた。それなのにまだ観ていない(Netflix未加入につき)。少し前にも、映画に出ていた(らしい)THE LINDA LINDASというバンドの映像が話題を呼んでいた。やっぱり早く観なきゃと思いつつまだ観られていない。というわけで、取りあげるエピソードが映画の中でどう扱われているのか、まったく知らないまま、ジェニファー・マチュー(Jennifer Mathieu)の原作小説について書いている。

原作のYA小説『Moxie』が発表されたのは2017年で、わたしが読んだのは2018年の初め。その頃に聴いていたスウェーデンのポッドキャストで絶賛されていて、ずっと読みたいと思っていた。作者ジェニファー・マチューはアメリカ東海岸の出身で、現在は作品の舞台であるテキサス州に住んでいる。本作が4作目となる作家で、現役の高校教師(国語担当)でもある。舞台や登場人物たちの設定には、おそらく彼女自身やその体験が大きく反映されている。

主人公のヴィヴィアンは17歳、母親と小さな町に住んでいる。母はかつてライオット・ガール・ムーヴメント(※)に憧れて西海岸に移り住んだ。が、ヴィヴィアンを産んですぐに夫を亡くし、故郷に戻って暮らしている。ヴィヴィアンは、「ムダに過ぎた青春」と書かれた靴の空き箱から、母が大事にしているファンジンを取り出しては読み、大昔のライオット・ガールたちに親しみを感じている。でも、忙しく働く母が、かつてはライオット・ガールでアクティヴィストだったなんて、娘にはあまり想像がつかない。

※「ライオット・ガール・ムーヴメント」とは、アリスン・ピープマイヤー『ガール・ジン』によると「1990年代初頭のオリンピア、ワシントン、ワシントンDCではじまったパンク・ムーヴメント」であり「フェミニストの政治および音楽ムーヴメント」である。

 

ヴィヴィアンの日常生活はうんざりすることばかり。高校ではアメフト選手たちが幅を利かせ、やつらは町でもちやほやされる。教師たちは女子ばかりに厳しい。亡き夫のことを今も忘れられない母親は、なぜか最近、共和党支持者の男と親密になっている。高校を卒業したらこの町を出ていくと決め、あと1年の我慢だと思うものの、ある日、どうしようもなく我慢がならなくなった彼女は、匿名のジンを作って、学校で配り、女子に連帯を呼びかけることにする。ジン作りを励ましてくれたのは、箱の中の古いジンたち。特にこの一節が背中を押した。

「あんたのかわいいお人形にはならない
あんたのミスコン女王にはならない
女子は裸足で踊ろうよ
一晩中、手をつないでよう
男子はどうぞ、かかっておいでわたしたち、やり返す気満々だよ!」(※)

※引用元の『スナーラ(Snarla)』は有名なジンで、制作者はミランダ・ジュライとジョアンナ・フェイトマン!

 

現状にうんざりしている女の子は10月5日に手に星とハートのマーク(※)を描いて登校しよう。こう呼びかけるジンを、ヴィヴィアンは女子トイレにこっそりと置いてまわる。そして10月5日、どきどきしながら登校した彼女は、学校のいたるところで仲間に出会うことになる。互いの手に連帯のサインである星とハートを見つけて、女の子たちは静かに頷き合う。顔と名前だけ、あるいは学年だけは知っているくらいの存在だった彼女たちが、サインを通じて具体的な誰かとして互いを認識し始める。とても美しく、すごく現実味もあるシーンだ。

※再び『ガール・ジン』によると、「ハートと星はガール・ジンでよく見られるイメージ」だ。

 

そうして状況は打破されるのかと思いきや、そんなにすぐには変わらない。ヴィヴィアンはジンを作り続け、静かに、確実に、女子たち(そして一部の男子たち)はつながっていく。

冒頭でも書いたように映画の評判は上々のようだけれども、読んでも絶対に楽しい作品なので、日本語で読めるようになればいいなと思っている。読むと楽しい理由のひとつは、励まされる言葉がたくさん引用されていること。実在したジンの文章、ビキニ・キルをはじめとする女性バンドの力強い歌詞、有名な「ライオット・ガール・マニフェスト」などなど。「沈黙は守ってくれない(Your silence will note protect you)」というオードリー・ロードの言葉も出てくる。ヴィヴィアンはこうした言葉を身近なひとを通じて知っていく。幼いころから何百回も読んできた、むかし誰かが作ったジン。母も自分も憧れてきたバンドの曲。友達が部屋に貼っていた付箋。肉声が聞こえてくるような、とてもパーソナルなものを通じて、ヴィヴィアンは言葉を受けとり、意味を実感していく。そうしたいくつもの言葉とその精神に勇気をもらって起こした行動によって、ヴィヴィアンもまた、自分自身の言葉で誰かを勇気づけ、力を与えていくことになる。そういう意味で、言葉の力を信じている作品ともいえる。

この作品をわたしが知るきっかけとなったのもポッドキャストという、パーソナルな感覚が残る声のメディアだ。児童・YA向け読書振興プロジェクトの一環として始められたポッドキャスト(Bladen brinner)で、キャスターはスウェーデンのふたりの作家(Lisa Bjärbo、Johanna Lindbäck)だ。幅広いテーマ(作家の経済状況というテーマもあった)でふたりがしゃべるだけでなく、別の作家を招いたり、取材に行ったり、とても濃い内容だった。濃い内容であるがゆえに労力もかかるらしく、ふたりとも本業である執筆の時間が取れなくなったという理由で、ポッドキャストはとつぜん終了した。それからしばらくして、このふたりに、もうひとり(Sara Ohlsson)を加えた3人による共作が発表された。

『ブスな女子たち(Fula tjejer)』というタイトルのこちらの小説の主人公は、同じ中学校に通う(ほとんど交流のない)、3人の女の子。「ブスな女子たち」というインスタグラムアカウントに、3人の通う中学校の女子の写真が次々にアップされ始める。まぬけな表情の自分の画像をアップされた女子ふたりに、寡黙だけど観察眼鋭い女子が加わり、犯人さがしを始める、というストーリー。捜査が難航し、途方にくれた3人が学内の女子に協力を呼びかけると、たくさんの女子がチームに加わって手がかりを集め始める。そしてついに犯人がわかり、女子たちは仕返しを計画する。
あらすじだけだとずいぶん印象が違うけれども、これは『Moxie』へのオマージュ作品だ。話の内容も結末も、そして読後感もまったく違うけれども、不当に扱われている現代の女の子たちの状況とその連帯を描こうとしている。

「こんな作品が本日出ます」という作者からの告知を目にして、すぐに「読みたい!」と思ってツイートした。割と反響があったので、似たテーマの作品として『Moxie』のことも書いた(ここ数年、なにかと『Moxie』を勝手に宣伝している)。次の日になって思い出した。似たテーマもなにも、『Moxie』のことを教えてくれたのは、このスウェーデンの作家たちだったよね、と。

『ブスな女子たち』の刊行は2020年9月。アナログな方法で団結が示される『Moxie』と違い、こちらは嫌がらせが起きるのも団結が示されるのも、主にオンラインで、敵も味方もスマートフォンやSNSを駆使する。主人公たちのキャラは少し類型的で、『Moxie』に登場する高校生たちよりも過激で辛辣だ。3人がすごく親しくなるわけでもない。これはきっと、わたしはあまり知らない2020年の現実。それでも、『Moxie』と同じく、世代も場所を超えて、「わたし、これ知ってる」という感情がわいてくる。

スマホを使いこなしてあたりまえ、道具をうまく使って現代を生き抜いているように見える若いひとたちだけども、以前には存在しなかったストレスを、以前から存在したストレスに加えて受けているはずだ。だって、大人でもしんどい状況、こどもがしんどくないわけがないから。そういう意味で、『ブスな女子たち』はより現実に踏み込んでいるともいえるし、『Moxie』が書かれた数年前よりも現実の厳しさがさらに増しているのだともいえる。ちなみに、映画『モキシー』は、予告を観る限りでは、2021年公開作品らしく、原作よりもデジタル機器の登場が多いようだ。

『ブスな女子たち』の作者たちも教師経験があり、学校現場での状況には詳しい。ポッドキャストでも、教室の中での男女の扱われ方の違いについて話していた(スウェーデンでも、前に出たり騒いだりするのはもっぱら男子で、意欲があるけどおとなしい女子が割を食う傾向があるという)。同時に教師の立場も理解している彼女たちが、身も蓋もない現実を容赦なく描いている。すごく勇敢だと思う。

本作は三部作の1作目で、今年9月には2作目『めんどくさい女子たち(Jobbiga tjejer)』が出る。いったん声を挙げ始めるともう止められないし、そうなると、めんどくさいって言われる。でも、わたしたち、やり返す気満々なんだよ。

 

“Moxie”, Jennifer Mathieu, Roaring Brook Press, 2017
”Fula tjejer”, Lisa Bjärbo, Johanna Lindbäck, Sara Ohksson, Gilla Böcker, 2020
アリスン・ピープマイヤー『ガール・ジン 「フェミニズム」する少女たちの参加型メディア』(野中モモ訳、太田出版、2011年)
小説版『Moxie』の公式Tumblr
https://moxiegirlsfightback.com/
Moxieテーマ曲リストやフェミニズムに関するリンク、学校でフェミニストファイトクラブを立ち上げるためのアドバイスなど、若いひとを具体的に励ます内容。

 

左)『ブスな女子たち』書影
右)『めんどくさい女子たち』書影

 

よこのなな
スウェーデン語翻訳者。
女性たちの声を届ける勝手に翻訳プロジェクトとしてジン「ASTRID」を不定期に発行。訳書に、リーヴ・ストロームクヴィスト『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』(花伝社)、フリーダ・二ルソン『ゴリランとわたし』(岩波書店)。