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フェミ登山部「あの日、山で見た景色」第15回:山へ行く理由(希)

2024/10/14

「フェミ登山部」とは、主に関西近郊の山を巡ったり、ときどき遠くの山に登ったりもする、トランスやクィア、シスとヘテロも参加する多様なフェミニストたちのコレクティブ。メンバーたちが山を登りながら、ときに下りたあと考えたあれこれを、リレー形式で連載します。第15回は、希さんが、自分の輪郭を描き直している最中に出会い直した「山登り」について話してくれました。

 

どうして山に登ってるんだろう。

あらためて思い返す。

きっかけは、学生時代に野生動物を追いかけるサークルに入ったこと。鳥がいる場所に行くために山に登った。

「森」が好きなので、憧れの屋久島へ行った。古代の森と縄文杉に会うため山に登った。

近所の山を登って初詣に行ったのがきっかけで、家族と山に行くようになった。高いところをめざして、頂上で山飯を食べるのが楽しみだった。

どうも「登山」が好きだから、ではなくて、「山」や「山の中にあるもの」が好きだから登っているらしい。

今年、どうしても苔の森を見たくて、長野県八ヶ岳にある白駒池へ行った。標高2000メートルに位置する池の周りに広がる苔のじゅうたんの美しかったこと! せっかくなので登頂も、と白駒池から続く「にゅう」へ。へなちょこ登山ではあるが、山を楽しむという目的は十分に達成できた。

この10年ちょっとの間、鳥や草木、歩くことが好きだという感情を忘れていた。忘れるというより、隅に追いやっていたのかもしれない。

出産、結婚を経て、子供を中心とした人間関係をうまくやり過ごしていく中で、自覚する以上に自分のことを後回しにしていたと思う。主語がいつも子供になっている「ママ友」と政治的でない話をして、子供が起きて食べて学校へ行って寝るのを支える日々。それまでの自分の輪郭がぼんやりしてきて、好きなことややりたいことへの欲求までぼんやりしてしまった。

仕事やボランティアをして、趣味も作って、輪郭を描き直す。あっちへ行きこっちへ行き、友人たちとの対話にも助けられ、だんだんと輪郭がはっきりしてきた。

その作業のさなか、フェミ登山部に誘ってもらった。

山は好きだけど、登れるかな? 初対面の人たちと団体行動するの、大変じゃないかな?

そんな思いが邪魔をして「よし、参加しよう」と思えるまでには、まあまあな時間がかかったのだが、山へ行った話をきくうちに、登りたい気持ちが優ってきた。

初めて参加した山行は、いろいろ不安だらけだったが、体力的にはクリアできた。

自身の問題として残ったのは、初対面の人と、何をきっかけに話し始めたら良いか全くわからないという事態だった。普段はあまり人見知りをしないので、なんとなく会話できるのだが、この時は、失言を畏れて言葉が出てこなかったのだ。

「フェミな知識」も「ポリティカルコレクトネス」も十分に持ち合わせていないのに、この人のバックグラウンドが全くわからないのに、どうやったら話ができるのか、戸惑いながら必死で言葉を探していた。

山やそれ以外の場所でもフェミ登山部の人たちに会う機会があり、そこに集う魅力的で多様な個性に触れるうちに、この人たちを自分の知っている尺度に当てはめようとしても、到底入りきらないことに気づいた。そのおかげで、だんだんと気負わずに話せるようになってきた。「話を合わせる」のではなく、あらゆる可能性を排除せずに話を聴き、自分は自分の言葉を持つ。その繰り返しで、知らず知らず新たな、しかも太めの輪郭が描き加えられていく。

フェミ登山部の人が一緒だから。

山へ行く理由が一つ増えた今日この頃である。

 

苔むす白駒池の苔の森。
森は大小の生き物たちの小宇宙。人間は謙虚にお邪魔しよう。

 

フェミ登山部(ふぇみとざんぶ)
2022年春から活動を始めた、月1ペースで主に関西近郊の山を巡る(時々遠出もする)、トランスやクィア、シスとヘテロも参加する多様なフェミニストたちのコレクティブ。トランス差別をはじめとしたあらゆる差別に反対し、自身の特権性に向き合いながら学ぶ姿勢を持つ20代から70代までの幅広い年齢、そして様々な経験を持つフェミニストたちが参加している。


希(のぞみ)
興味の幅は広いが一つに絞れないジェネラリスト。まだ知ることの途中。バイオサイエンス職に従事。マユムラー。