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フェミ登山部「あの日、山で見た景色」第6回:あいとらっぱとれんげのはなとともに(劉 梶本 雪梅 あき)

2024/1/14

「フェミ登山部」とは、主に関西近郊の山を巡ったり、ときどき遠くの山に登ったりもする、トランスやクィア、シスとヘテロも参加する多様なフェミニストたちのコレクティブ。メンバーたちが山を登りながら、ときに下りたあと考えたあれこれを、リレー形式で連載します。第6回は、劉 梶本 雪梅 あきさんが、山歩きをはじめるとともにフェミニズムにまた少し近くなった話をしてくれました。
 
第6回:いとっぱとんげのはなとともに 劉 梶本 雪梅 あき

 フェミニズムに出会ったのは、大学のときだった。アメリカ人の英語の先生を通して。私の英語のスピーチ原稿の表現の一つ一つに彼女は問いを投げかけた。「society-社会」とは何か?「We-私たち」とは誰か? 「Japanese-日本人」は誰を指すのか? 大学構内のカフェで一緒にコーヒーを注文すると、彼女は、すぐにゴミになるストローの袋やミルクの入れ物を目の前で数え上げ、いかに私達が今、環境に負荷をかけているのかを自虐的に示してみせた。中国残留日本人を祖母にもち、6歳から日本に住んでいる私のことをよく理解していた。彼女が授業中、私に手渡した「identity-自己同一性」に関するメモは、その後の私の人生を歩みやすくしてくれた。人のアイデンティティは、いろんな要素から構成されていて、それは変わりうる、そんなことが書いてあった。私は彼女の授業を通して、そして、かの女の実践を通して多くのことを学んだ。彼女は、いつも私に「smart-頭が良い」と言い続け、能力があることを信じて疑わず、落ち込んで無言になると、私に寄り添い、励まし、支えてくれた。

 大学を卒業してから、私の世界の天地をひっくり返すほどの威力のあったフェミニズムの思想と実践は、次第にどこか宙に浮いたものとなった。フェミニズムに出会った経験は、時に混沌とする日々の中で、大事なものは何か、自分に必要なものは何か、迷いながらも見つけ出そうとするとき、1つのゆるぎない指針となった。一方で、その限界も痛いほど感じていた。私は社会を変えられない。でも完全にあきらめているわけではない。自分の身の回りを快適にする。丁寧に生きる。満杯になったらリセットしてやり直す。手に負えないものは手放して、とりあえず横に置いておく。それに取り組めそうなタイミングのとき、少し取り組んでみる。自分の体の声を聞く。心地良く楽しい時間を創る。そんなことをやっているうちに、社会の問題も世界の問題も自分とは関係のないもののような気になっていた。そして、それは、正しい感覚のようにも思えた。

 40代のある日、ネットで動画を見ていると、「雲ノ平」という場所があるのを知った。標高2600メートル付近に広がる平原。最後の秘境。行ってみたい!でも、山は登れる気がしない。無理だ。私には、体力がない。屋久島も行きたいと思ってから何年も経つ。それでも、あきらめきれず、スケッチブックに似ても似つかない雲ノ平の景色を描いて、それをときおり眺める日が過ぎた。そんなときに友人からフェミ登山部の誘いがきた。「まずは、これだ!」と思った。

 山歩きの2・3回目にして、「雲ノ平」のことは、どこかにいってしまった。正確には、いつか行くだろう、行けるだろう、という見通しに早くも変わっていた。これまで、山に登ろうとする人は、きっと「完璧な体」をもった人たちにちがいないと思っていた。足首や膝・腰に不安があったり、前日そんなに眠れていなかったり、そんなコンデイションであっても山に登ろうとする人がいることに、当初びっくりした。毎回不安な面持ちで参加していた私は、ほとんどの場合、前日よく眠れていたし、恒常的な体の痛みは、どこにもなかった。体の不安を解消するためのサポーターや登山靴、トレッキングポール等の装備、用具以外の衣服の選び方や着方、登り方等、たくさんの山を快適に登るための創意工夫と知恵があることに感動した。何より登っている山の魅力にすぐはまった。京都・奈良・大阪と自分の住む近くの山でこんなに楽しむことができることに驚きだった。登山部のメンバーの存在が予想以上に大きく、山歩きを力強く、かつ豊かなものにしていた。

  フェミ登山部のメンバーは、社会に対して、それぞれの問題意識をもっている。それぞれの問題は互いに絡み合い交差し、共有されている。何かしらどこかのグループに今(あるいは過去に)所属して活動をしている人たちも多い。一緒に山に登っている人たちの関心事や取り組みを、私はもう他人事として切り離すことができなかった。テレビも新聞もなく、ネットニュースすらほとんど見ない私のラインに多くの情報が入ってきて、落ち着かない。私がすでに手放してしまったものも多い。行き詰って、ときに絶望的に見えたそれらの問題は、考えることを止めないで、実践を繰り返し、ことばを創造的に使う人たちによって、希望に変わっていた。そんな人たちを、私は尊敬せずにはいられない。

 子どもを産んでもいい。子どもを育ててもいい。誰かを好きになって、家族をもってもいい。家事をしてもいいし、仕事をやってもいい。親の面倒をみてもいいし、好きなことに時間を費やしてもいい。そのどれをとってもかけがえのない愛しい、人の営みだから。そのどれか一つに打ち込んでもいいし、その全部をやろうとしてもかまわない。何もしなくてもいい。ただそこにいて、どこまでも広がる真っ青な空を眺める喜びにひたることは、とても贅沢なことだ。

 わたしは、不完全で完璧な人。わたしがわたしであることは他の何にも変えがたく、その価値は計り知れない。世界で一番大切なわたしは、そのことをよく知っている。あなたもあなたがそのような存在であることをよく知っている。

 

2023.12.3 比叡山
 
2023.12.3 比叡山
 

フェミ登山部(ふぇみとざんぶ)
2022年春から活動を始めた、月1ペースで主に関西近郊の山を巡る(時々遠出もする)、トランスやクィア、シスとヘテロも参加する多様なフェミニストたちのコレクティブ。トランス差別をはじめとしたあらゆる差別に反対し、自身の特権性に向き合いながら学ぶ姿勢を持つ20代から70代までの幅広い年齢、そして様々な経験を持つフェミニストたちが参加している。

 

劉 梶本 雪梅 あき
(リュウ カジモト シュウメイ アキ)
中国・敦化市生まれ。6歳のときに来日。義務教育課程を提供する学校で子どもたちと日々奮闘中。体と声による表現を地道に研究。

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