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フェミ登山部「あの日、山で見た景色」第5回:擬態するワタシ(サカマキ)

2023/12/14

「フェミ登山部」とは、主に関西近郊の山を巡ったり、ときどき遠くの山に登ったりもする、トランスやクィア、シスとヘテロも参加する多様なフェミニストたちのコレクティブ。メンバーたちが山を登りながら、ときに下りたあと考えたあれこれを、リレー形式で連載します。第5回は、サカマキさんが語ってくれた、山を登る会のなかでのカムアウトの問題です。
 

子どもの頃登山好きの父に連れられて近隣の山に登ってたことと、友達の元カノがやってたL登山部の集まりに1度だけ参加して雪の三峰山に登ったことを別にすると、あたしの登山歴は5年ぐらいだ。最初は登山ガイドさんと時々登るだけだったのが、SNSで一緒に登る人を集めている登山イベントを見つけては参加して登山頻度を上げていき、そのうち読書会で誘ってもらってフェミ登山部部員になり、月に何回も登山する登山好きになっていった。

フェミ登山部に参加して良い影響を得て、登山の知識や技術をもっとしっかり身に着けたいと思うようになり、地元の山岳会に入会することにした。山岳会に所属してからもうすぐ1年になる。

山岳会入会後何度か例会に参加し、しばらく観察してみた結果、ごく控えめに言って“私が属する山岳会にはオープンリーなLGBTQはいないんだな”と分かった。さらに言うと、100人以上の会員が居る会にLGBTQが1人も居ないなんてことは確率的には無いんだから、この会はカムアウトするのが難しい集まりなんだろうなと予測した。

というわけで、家族・友人・職場・美容室・病院など生活の中のほとんどの場所でカムアウトしているオープンリーレズビアン(正確には私はパンセクシュアルだが現在のパートナーの戸籍が女性なのでレズビアンというのが今はしっくりくる)である私は、30年ぶりぐらいに「カムアウトするかどうか悩む」という懐かしい痛みのようなものと再会した。

じっくり考えてから、全会員にとっての「初めて出会うレズビアン」という役回りを引き受けるのは荷が重すぎると判断して、山岳会ではクローゼットでいることを決めた。

自分を守るために擬態しクローゼットでいることは、好きなことではないが上手にできる。昔取った杵柄。最初のうちは、親しいL仲間に“山岳会でいかに私が上手に擬態してるか”を武勇伝的に話して笑い話にできるぐらいの余裕もあった。クローゼットは面倒だけど、今までやってきたように、山岳会の中で信頼できる人を見つけ徐々に本当のことを話せる関係を作っていけばいいと思っていた。

しかし、山岳会で徐々にやっていくってのは難しいことだった。

というのは私の所属山岳会では宿泊山行の場合、緊急連絡先を参加メンバー全体で共有する必要があるからだ。メンバー全体で共有する情報はかなり多くて〈フルネーム・携帯番号・メールアドレス・性別・生年月日・血液型・住所・山岳保険・緊急連絡先(氏名・続柄・電話番号)〉だ。こんなの知り合ってすぐの大勢の人と共有する情報じゃない。けど、登山という危険な側面もあることを一緒にする山仲間なんだから信用すべきと言われると、それもそうなのか…とただ受け入れるしかないように思えた。

登山で滑落とかして怪我して病院に運ばれた時、来てもらいたい人はパートナーだから、私の緊急連絡先はパートナーにしたい。だけどパートナーの名前や続柄をどう書けばいいのだろう?

私とパートナーは大阪市の制度を利用して「パートナーシップ宣誓書受領証」を持っているから、カムアウトするつもりならパートナーと書くのもいい。
でもいくらでも転送されそうな名簿という形で入会間もない私がカムアウトってすごく無謀で危ういように感じる。

私とパートナーは婚姻という選択肢がないため養子縁組をして戸籍上のつながりを作っているから、母と書くのもいい。でもあたしが怪我したりして山岳会の人とパートナーが実際に会う可能性があると想像すると、私と6歳しか違わないパートナーが「母ですー」と対面の場に出ていく時のチグハグさが浮かんで、母を演じるパートナーの負担が多すぎるように感じる。

私とパートナーは同居しているから、同居人と書くのもいいのかな? でも養子縁組している私たちの苗字は同じなので、あえての同居人表記って何? って思われるんじゃないかと思ってしまう。

私には子どもが居てパートナーと子どもと3人暮らしだから、とりあえず緊急連絡先を子どもにしてしまえばパートナーにも伝わるんだし山岳会の人たちに受け入れられやすいから(実際緊急連絡先の続柄が子や親の会員は多い)、子どもの名前・続柄/子・子どもの携帯番号を書くということもできる。でもそうしてしまうことで、擬態の種類がシングルマザーに限定されてしまってクローゼットの息苦しさが増すという予想ができた。

負担の少ないクローゼット生活のコツは本当のことも言わないが嘘もつかなくていいぐらいふわっとさせておくことで、嘘の役を作って演じていくと次から次へと嘘の分量が増えて、しんどくなる速度が増すとは経験的に分かっているから。

正解が見つからず、山岳会の宿泊山行に参加することを諦めるか、山岳会を退会してしまうかを含めて……ぐるぐる考えた。

結局家電を解約していないことをうまく利用して、家電の番号を書き、名前/続柄のところに家族と記入して提出することにし、いろいろふわっとさせたままうまく切り抜けられ、テント泊トレーニングに参加でき、まだ山岳会を辞めずに登山者として必要な技術を学び経験を重ねることができている。

ぐるぐる考えた結果絞り出した頼りない案で緊急連絡先という難関を切り抜けて参加できた山行で烏ヶ岳山頂から見た大山は、珍しく雲がかかっておらずすっきりと美しく見えていた。美しかったし、難しい岩場を登れた達成感もあったけど気持ちは晴れていなかった。カムアウトできている仲間と烏ヶ岳を登り直せば気が晴れるものでもないように感じる。

大人になってまたカムアウト問題で悩むなんて思ってなかったなあーとがっくりする気持ちと、今までやってきたように私らしいやり方を見つけて私の場所って思える場所を拡げていけるはずっていう前向きな気持ちが混じって不思議な味わいになっている。
 
「あのレインボー熊の人ってお仲間(死語)かしら?」と思ってもらえるかも? と、レインボーバッヂ付き熊山伏をザックにつけて登山してる。ここではクローゼットでいることを選択しているけど、仲間を思う気持ちは変わらないよと小声で発信。
 
私のテント。テント泊も1人でやれるようになりたい。今はまだ無理。
 
超早起きなので一緒に山歩きをする人の分も焼き菓子を焼いて持って行く習慣がある。
 
山岳会の人が撮影してくれた写真。擬態中の私。
 
あの日、烏ヶ岳から見た大山。

 

フェミ登山部(ふぇみとざんぶ)
2022年春から活動を始めた、月1ペースで主に関西近郊の山を巡る(時々遠出もする)、トランスやクィア、シスとヘテロも参加する多様なフェミニストたちのコレクティブ。トランス差別をはじめとしたあらゆる差別に反対し、自身の特権性に向き合いながら学ぶ姿勢を持つ20代から70代までの幅広い年齢、そして様々な経験を持つフェミニストたちが参加している。

 

サカマキ 
フェミ登山部の焼き菓子ネキ。山は歩くより走る方が好き。月2回程度、「はみゅネ(はしって/みよう/ゆっくり/ネ)」というゆるラン練習会をやってます。開催日時などの情報ははみゅネの集合場所でもあるプライドセンター大阪HPのスケジュールをチェック!

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これまでエトセトラ(その他)とされてきた女性の声は無限にあり、フェミニズムの形も個人の数だけ無限にあります。
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