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フェミ登山部「あの日、山で見た景色」第4回:統合していく私(塩安九十九)

2023/11/14

「フェミ登山部」とは、主に関西近郊の山を巡ったり、ときどき遠くの山に登ったりもする、トランスやクィア、シスとヘテロも参加する多様なフェミニストたちのコレクティブ。メンバーたちが山を登りながら、ときに下りたあと考えたあれこれを、リレー形式で連載します。第4回は、塩安九十九さんによる、フェミ登山部であればできる「私の統合」の話です。
 

私はトランスジェンダーだが、この社会ではシスジェンダー・ヘテロセクシュアル男性として見られることがほとんどだ。ホルモン注射をする前は、中性的な容姿のためによくジロジロ見られた。もちろん、どう認識されたいかは人それぞれ違っており、私の場合はシスヘテロ男ではなくノンバイナリーのトランスジェンダーとして認識されたいタイプだ。しかし、社会はトランスやノンバイナリーがそこら辺にいることを想定していない。
 
そのため、私が実体として生きている/存在できている、という実感は、いつも断片的だ。私が単に私として存在し、何の警戒も説明もせず立ち振る舞える場所は少ない。つまり、何らかの形で周囲の認識と私の実態とがチグハグであるために嘘をついたり、はぐらかせない状況では端折った説明をしたり、カムアウトしていたら過剰に気を遣われたりと、過不足なく存在することが難しい。
 
■レジャーでクィアであれない、クィアでレジャーに行けない
フェミ登山部という、トランスであることを隠す必要がなく、参加者もトランスとは何かを理解しており、私をシスヘテロ男ではなくクィアな人として認識し扱う、という状況でのレジャー(山登りなどのアクティビティ)を体験してはじめて、私がずっとその統合された状況を諦めてきたことに気づいた。
 
私にももちろんクィアな友人知人はいる。しかし、私の場合そういう人たちとの付き合いは、オンライン会議かLGBTQイベントか飲み会など屋内活動が多い。アウトドアやスポーツが好きな人も限られているし、心身の調子が芳しくなかったり、そのようなことに時間やお金を使いたくない/使えなかったりする人もいる。一方、アウトドアやスポーツをする機会では、一般社会同様にシスヘテロ前提で話が進み、自分がトランスであることを言えなかったり、フェミ的にモヤることもスルーしなければならなかったりする。どちらかでどちらかを諦め、切り捨てることが普通になっていた。
 
多くのトランスやノンバイナリーにとってアウトドアや野外の集団行動はハードルが高いと思う。男女別のトイレや更衣室はもちろん、用具・料金設定・接客対応などなど、スムーズに利用したり楽しんだりできないことが多い。手始めに山用の服を探してみても、男女別がはっきりしたデザインだったり、サイズがなかったりする。現地の男女別システムにいちいちストレスを感じることに加え「帰りに温泉に寄ろう!」といった無邪気な排他的プランなどにも心が折れる予感しかない。
 
■フェミ登山部でセーフスペースを創造し拡張する
そんな中、フェミ登山部に出会えたのは大きい。そもそも、トランスやノンバイナリーも含めて、様々な人がいるという前提になっている。カムアウトを迫られることもなく、自然と自分のセクシュアリティについて語ることができ、無知や偏見からくる興味本位の質問などに晒され消耗することもほとんどない。むしろ自分が持っている偏見や無知に気づかせてくれる人たちに会える。
 
山登りの日時場所が決まると、ナビゲーターが当日の持ち物や装備のリスト、トイレの位置や種類(オールジェンダートイレがあるかなど)も情報提供してくれることが多い。体力に合わせたコースオプションや、日本語話者でない人へのサポートもある。念のため持参する緊急連絡先が同性パートナーでもヤキモキしなくていいし、嫌なことは嫌だと言って尊重してもらえる。なぜ嫌なのかを正直に言えることも精神衛生上良い。(学生時代は友人と女子トイレに入るのが嫌で、かと言ってカムアウトもできないので多目的トイレを使うこともできず、ひたすら我慢していたものだ。)温泉に行く場合は家族風呂の選択肢があるところを探したり、入らない人がいる前提でプランしたりする。
 
私が主宰するLGBTQの活動団体「新設Cチーム企画」(*)が実施した公共交通機関とLGBTQについてのアンケート調査では、バスや電車などでジロジロ見られることが苦痛という声とともに、友人・恋人と乗車した際に他の乗客にLGBTQだとバレないように会話に注意しているという声も多々あった。日常会話をすることさえも気を遣わざるを得ない日本だ。しかしフェミ登山部では、仲間がいる安心感からか、フェミだったりクィアだったりする会話を道中でみんな楽しんでいる。(と私は感じている。)
 
■自分の存在が想定されていない社会で断片的に生きることからの回復
オンラインやLGBTQイベント以外の外の世界(一般社会)という物理的な状況においても、体を動かすアクティビティをする人間関係においても、気兼ねなく自分でいられて、それを尊重されるって素晴らしい。ふと、シスヘテロの人々は当たり前に日常的に経験しているであろうことが、なぜ私にはこんなにも難しいのかと理不尽さを感じる。

人間の道理で動いていない大自然の中にいると、人間のちっぽけさを感じたり、この人生で自分が何をしたいのか見つめ直すことができて良い。フェミでクィアな仲間たちと偽らない自分で過ごす山の時間は格別だし、この人たちといる時の自分が好きだ。普段バラバラのパーツがやっと一つにまとまることができる感じで、「私」が統合していく。この過程は癒しであり、ベストな自分に新たに出会う、バージョンアップでもある。
 
※新設Cチーム企画「公共交通機関とLGBTQについてのアンケート調査」
 
美しい苔に魅了される山道。

日常生活で出会わない動物たちとの遭遇も登山の醍醐味。大きな蛙に大興奮。

泊りがけの登山で自炊。仲間と美味しいものを食べるのも重要な目的。

 

フェミ登山部(ふぇみとざんぶ)
2022年春から活動を始めた、月1ペースで主に関西近郊の山を巡る(時々遠出もする)、トランスやクィア、シスとヘテロも参加する多様なフェミニストたちのコレクティブ。トランス差別をはじめとしたあらゆる差別に反対し、自身の特権性に向き合いながら学ぶ姿勢を持つ20代から70代までの幅広い年齢、そして様々な経験を持つフェミニストたちが参加している。

 

塩安九十九(しおやす・つくも)
新設Cチーム企画主宰。セクシュアルマイノリティと医療・福祉・教育を考える全国大会実行委員会スタッフ。山道は下りが苦手。

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これまでエトセトラ(その他)とされてきた女性の声は無限にあり、フェミニズムの形も個人の数だけ無限にあります。
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