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『エトセトラ Vol.7』より いちむらみさこ「おわりに」を公開します

2022/5/6

2022年5月23日発売『エトセトラ Vol.7』より、特集「くぐりぬけて見つけた場所」責任編集のいちむらみさこさんによる「おわりに」を公開します。今、ぜひ読んでいただきたい内容です。刊行までしばしお待ちください。
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特集のおわりに  いちむらみさこ

 

新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって、人がバタバタと倒れていったのはウイルス感染のせいだけではない。命を守るために呼びかけられた「ステイ ホーム」は、皮肉にもDV、ネグレクト、女性たちの雇い止めと自殺の増加を引き起こしている。

そして、女性たちの逃げ道が開かれるどころか、昨年は、地域の人たちで築き上げたコミュニティや森林を破壊して開催されたオリンピック・パラリンピックが何よりも優先されて、コロナ感染者の命を切り捨てていった。白熱したゲームがメディアで熱狂的に演出された後、この東京大会をレガシーとして歴史の塗り替えをするために担ぎ出されたのが、数合わせだけの「ジェンダー平等」だ。

元アスリート、映画監督、政治家の女性たちは、ガラスの天井を突き破り、大舞台で華々しく讃えられた末に、家父長制の巨大組織に都合よく利用されるというおぞましい事態を繰り広げて、オリンピック・パラリンピックを正当化するために活躍している。

抑圧された人たちが時間をかけて築き上げてきたかけがえのない場を、権力は簡単に壊してしまう。破壊した後は、追い討ちをかけ、そもそもそんな場など無かったかのように、お金儲けに有効な場に塗り替える。マイノリティや貧困に対して剥き出しの嫌悪で構成されている社会構造が、人々に対する憎悪を煽り、生きているだけで痛いと感じさせる。

ここをくぐり抜け、この流れを止めることができるだろうか。見つけたい、「生きること」を真ん中においた場を。

この特集では、創造力をふんだんに発揮して実践された、抵抗とケアの取り組みがおりなすサバイブの場所について紹介している。ノートの中に、都市での畑や庭に、空きビルや空き地に、コミュニティ内の葛藤から派生した所に、手仕事に、コレクティブの中に。

それらは決して楽園ではなく、ささやかだったり、脆かったり、弾圧を受けたり、コンフリクトが絶えなかったりするけれども、抑圧をくぐりぬけてたどりついた場所は、なんと潤いのあることだろう。既存の方法とは異なっていても、むしろだからこそ、想像力と知恵によって尊厳が保てる場所へたどり着くことが私たちにはできる、ということを実践して見せてくれている。

これらのプロセスを「ドロップアウト」や「社会復帰」という、競争社会の言葉にあてはめると、その場の意味は全く打ち消されてしまう。人間はそんなものではない、と思う。もちろん、社会から完全に逸脱する生活なんて想像もできないが、差別や暴力、競争で支配されている場から距離を置いて、孤独でちょっと寂しい気持ちを味わいながら、物や知恵を分け合って生きられる場所を諦めたくない。

強がりでもなく、負け惜しみでもない。葬られないために「ステイ ホームレス」でいようと私は思う。

誰も殺すな。自分も殺すな。くぐりぬけて場所を見つけよう。