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「あの本がつなぐフェミニズム」第2回:『資本主義・家族・個人生活』(大橋由香子)

2024/1/14

パソコンもネットもスマホもないころ、女たちは刺激的な考えや情報を雑誌や本から得ていた。今あらためて「あの本」のページを開くと、何があらわれるのだろうか。大橋由香子さんの新連載スタート! 今回は、性差別との戦いは資本主義との戦いと結びつくのだと教えてくれた、あの本です。
 
(バナー写真:フィリピンの女性たちとの屋外学習@マニラ1987年。背景写真は1982年優生保護法改悪阻止集会@渋谷山手教会、左の旗は1984年女と健康国際会議@オランダ/すべて提供:大橋由香子)

 
筆者の都合により隔月連載となり、心がザワザワする2024年を迎えてからの第2回。ハタチの私が読書会で取り上げた本を紹介したい。

副題には「現代女性解放論」とあり、加地永都子解説、グループ7221訳、亜紀書房で1980年発行。目次を開いたら、自分の担当する章に〘ゆ〙とメモしてある。誰との、どんな読書会だったか、悲しいことに思い出せない。

この本は、それぞれ別の雑誌に掲載された3つの論文を1冊にまとめていて、1つ目が本全体の題名になっている。

「性差別にたいするたたかいも個人の変革を求めるたたかいも、資本主義とのたたかいに結びつく必要がある」と同時に、「家族・個人生活そして女性への抑圧を、資本主義を変革する中心課題」にしなければいけないという威勢のいいエリ・ザレツキィの論文は、シュラミス・ファイアストーン著『性の弁証法』の評論として書き始めたという。目次にあるように、歴史、精神分析など幅広い。

2つ目の論文「女性のパワーと社会の変革」の書き手は、イタリアのマリアローザ・デラ・コスタ。次世代の労働力を産み育てることも含めて、主婦の家事は「女が賃金なしにその負担を引き受けている」無償労働であり、資本に搾取されている仕組みを明らかにしていて目からウロコ。「家事労働に賃金を」と「労働の拒否」というイタリアの女性運動から生まれた。

3つ目「女性労働の歴史的展開」の著者・アルゼンチン人のイザベル・ラーギアと、北アメリカ出身のジョン・デュモリンは二人ともキューバ在住。ここでも、掃除、洗濯、次代の労働者の世話など「眼にみえない労働」が女を疎外し家庭内で孤立させていると指摘する。


デラ・コスタではなくダラ・コスタという表記で『家事労働に賃金を』(伊田久美子・伊藤公雄訳、インパクト出版会)が出たのは1986年。この問題意識が、ずっと私の脳にこびりついたようだ。お金を稼げる仕事だけが「働く」とされることへの疑問から編集した『働く/働かない/フェミニズム 家事労働と賃労働の呪縛?!』(小倉利丸・大橋由香子編、青弓社、1991)は 、日本での主婦論争を経ての加納実紀代さん「社縁社会からの総撤退論」 をめぐる議論と、試行錯誤の実践を集めた1冊(だけど品切れ)。

ここ数年は、こういった視点がテレビドラマ 「逃げ恥」や、「名もなき家事」というネーミングで浸透し、無償労働からケアという概念へと、さまざまな可能性を引きだしている。

一方、資本主義変革の必須アイテム? 共産主義や社会主義に関しては、ソ連や東ヨーロッパの社会主義政権が、独裁的、非民主的で抑圧的なことが明白になり、ロマンも幻想も衰え・消滅してしまったけれど、資本主義は、衰えるどころかその搾取の度合いを進化・深化・強化・先鋭化させている。

だからこそ21世紀になって、資本主義に「寄り添う」「寄りかかる」リーンイン・フェミニズムが出てくるし、それに対して「それじゃダメじゃん!」という主張も現われる。例えば、2020年に日本語版がでたシンジア・アルッザ他『99%のためのフェミニズム宣言』(惠愛由訳、菊地夏野解説、人文書院)など。

話を1980年代に戻すと、1970年初頭ウーマンリブより後の世代である私のまわりでも、前述のシュラミス・ファイアストーン『性の弁証法 女性解放の革命』(林弘子訳、評論社、1975)と、彼女を批判するジュリエット・ミッチェル『女性論 性と社会主義』(佐野健治訳、合同出版、1973)は、女性解放論/運動(フェミニズム)を理解する必読書になっていた(これも読書会の定番テキスト)。

性差別の現実を描くファイアストーンの記述には、惹きつける「ラディカルさ」があるのだが、手元にある『性の弁証法』には、「そうだろうか?」などと鉛筆書きもたくさんあった。「やっぱそう思ったよね」と昔の自分に呼びかけてしまう。例えば……

〈原子力エネルギーのように、生殖コントロール、人工生殖、サイバネイションそれ自身は、正しく使われるかぎり、非常に革新的なものである〉(246頁)

の下には「ナンセンス!!」と、しかも赤えんぴつで書いてあった(笑)。ファイアストーンへの一番の違和感は、性差別の起源を肉体=妊娠機能に見い出し、「私は、妊娠は野蛮だと思っている」ために、人工生殖(人工子宮)によって女性が解放されるという展望だ。

『性の弁証法』から半世紀が経過した今、生殖テクノロジーは、経済力の格差を利用した身体の部品化・搾取という側面が色濃くなりつつ、卵子凍結によって出産時期を選べるという欲望を喚起したり、異性愛ではないカップルが子どもを育てる可能性を広げたりもしている。人工子宮はまだ実現してないが。

* * *

『資本主義・家族・個人生活』の解説者や翻訳者との出会いも、私にとって大きかった。だって、「訳者あとがき」はこう始まるんだよ。

〈この翻訳作業が始まってから、早くも五年の歳月が たってしまった。「優生保護法改正案」が国会に上程された一九七三年、当時女子学生だった私たちは、都内のある大学構内で、上程反対のビラ張りや署名運動に精を出していた。〉

え? 誰が翻訳したの?

〈グループ名の「7221」は私たちが翻訳の過程で打ち合わせの場として使っていたある会場の電話番号である〉

 という謎のグループ。でも、訳者あとがきの最後に、「竹信三恵子(文責)」とあり、奥付には住所も書かれていた。

 1982年、ちょうど私は某書評新聞に就職し、優生保護法に関して書いてくれる執筆者を探していた。奥付の住所に郵便を出したか、アジアの女たちの会でお会いしていた加地さんに電話を教えてもらったかして、竹信さんにお目にかかり、執筆してもらった。さらに、翻訳グループで一緒の江原由美子さんが、ウーマンリブについて文章を書いていることを教えていただいた。江原さんにもお会いして、「乱れた振り子―リブ運動の軌跡」という連載をお願いした。

原稿を受け取り、興奮しながら読んで、見出しを考えビジュアル要素を探す毎週の作業は、私にとって70年代リブ追体験ツアーの始まりだった。(つづく)

*この連載は、江原由美子さんの著作『女性解放という思想』(勁草書房、1985年)に収録され、2021年には『増補 女性解放という思想』(ちくま学芸文庫)になった。
 

 

大橋由香子(おおはし・ゆかこ)
フリーライター・編集者、非常勤講師。著書に『満心愛の人―フィリピン引き揚げ孤児と育ての親』(インパクト出版会)、共編著『福島原発事故と女たち』(梨の木舎)ほか。光文社古典新訳文庫サイトで「字幕マジックの女たち:映像×多言語×翻訳」連載中。
「優生手術(強制不妊化)とリプロダクティブ・ヘルス/ライツ : 被害者の経験から」国際交流研究:23号2021(フェリス女学院大学)
「産み捨てた」と批判される孤立出産 女性を追い詰める堕胎罪の存在(朝日新聞)

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