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「あの本がつなぐフェミニズム」第1回:『女のからだ 性と愛の真実』(大橋由香子)

2023/11/14

パソコンもネットもスマホもないころ、女たちは刺激的な考えや情報を雑誌や本から得ていた。今あらためて「あの本」のページを開くと、何があらわれるのだろうか。大橋由香子さんの新連載スタート! 今回は自分のからだを知ることが大事だと気づいたあの本です。
 
(バナー写真:フィリピンの女性たちとの屋外学習@マニラ1987年。背景写真は1982年優生保護法改悪阻止集会@渋谷山手教会、左の旗は1984年女と健康国際会議@オランダ/すべて提供:大橋由香子)

 
けっこう分厚い1冊、榮松堂書店のカバーがかけてある。ということは、あの駅ビルで買ったのかな。

表紙のデザインや四六判という判型、『女のからだ 性と愛の真実』という題名からは、「あの本」の日本語版とは気づかないかもしれない。しかし『ボストン「女の健康の本」集団』という文字をみれば、Our Bodies Ourselvesの翻訳書だとわかるだろう。

1969年の春、アメリカ合州国ボストンで新しい女性解放運動の集会が開かれ、分科会のひとつ「女とその体」から生まれたのが、Boston Women’s Health Book Collectiveの源流だ。グループのメンバーは自分のからだについてどうしても知っておきたいテーマを出しあい、本や専門雑誌を読みあさり、医師や医学生の友だちと話し合いレポートにまとめ、各地で講座を開いた。そこでの参加者からの体験談や新しい知識も加えたパンフレット(ザラ紙をホチキスで製本)が、ニューイングランド・フリープレスという小さな出版社から刊行されると飛ぶように売れ、増し刷りのたびに新たな内容が加わり、厚みは数倍になり、1973年には大手のサイモンズ&シャスター社から大きな判型で出版された。

この73年版の「日本語版」を出したのは、秋山洋子、桑原和代、山田美津子。随所に日本の事情も補足しながら、全訳だと値段が高くなることから、15章のうち、パンフレットと似た9章構成にした。章タイトルは、わたしたちは変わってゆく、体の構造と機能、性をめぐって、避妊、妊娠中絶、妊娠、出産、産後期、性病、病気と衛生。1974年9月1日第一刷で、348ページ、1200円。

私の手元にある本の奥付は、1979年1月10日第12刷。その年に買い、真っ先に開いたのは避妊のページだった気がする(当時の自分が赤鉛筆で線をひいた箇所を見るのは気恥ずかしい)

とにかく、イラストが印象的だった。女性の生殖器、避妊や不妊手術の方法を説明した合体女男図、ペッサリーを膣から子宮口に挿入する方法、子宮の中の様子とともに毅然と立つ妊婦も、くっきり記憶に焼きついている。

中絶をテーマに3つの時代を描いたオムニバス映画『スリーウィメン』第2話では、予期せぬ妊娠に困惑する主人公が、この本のabortionのページを読んでいるシーンが出てくる。家父長制的な政治や医療から自分たちのからだを取り戻すための思想書であると同時に、困った時のお役立ち本でもある。

訳者のひとり秋山洋子さんは『リブ私史ノート 女たちの時代から』にこう書いている。「この本の第一の特徴は、女性たちのナマの声がたくさん収録され、医学的記述の間に挿入されていることだ。それによって、心と体はいかに切り離せないものであるか、これまでの医療によって女性がいかに傷つけられてきたかといったことがじかに伝わってくる」

私自身もこの本で「事後の避妊法―モーニング・アフター・ピル」を知っていたおかげで、後日、ハラハラドキドキから免れることもできた。ちなみに、刊行当時の1970年代後半、日本で使えた避妊は、コンドーム、ペッサリー、リング(太田典礼が開発したので太田リングと呼ばれていた)だけ。「中ピ連」が1970年代前半にピル解禁を求めたが、避妊用ピルが認可されるのは、なんと1999年! モーニングアフターピル=緊急避妊薬の認可は2011年というスロウなジャパン。しかも緊急避妊薬の薬局での購入(OCT化)は形式だけで、いまだ入手は困難で高価なままだ。

* * *

さて、この本を携えて性の実践活動に励みエンジョイしていた私は、1982年、ある集会に足を運んだ。国会で村上正邦議員が、優生保護法の中絶許可条件から「経済的理由」を削除し中絶を禁じるよう求め、厚生大臣が応答、そのことに危機感を抱いた女性たちの集会だった。優生保護法改正(「不良な子孫の出生防止」の削除ではなく、「経済的理由」の削除=堕胎罪の適用となる)は、生長の家やカトリックなどの宗教勢力と保守系国会議員の「悲願」であり続けている。

全国の大小の女性グループ、反戦平和の市民グループや個人が集まり、「82優生保護法改悪阻止連絡会」(*1)ができた。労働組合や医療関係者も反対し、国会では与党・野党の垣根を超えて女性議員が反対。1983年、彼らは改悪案の国会上程をあきらめた。
自分のからだについて知る・向き合うことと、政治的に女の身体が利用され支配されることへの抵抗は結びついているーーそんな感覚を、集会やデモ、ハンスト、地方議会への請願署名集めに奔走した人たちは共有した。

そして合同出版の本から14年後の1988年、日本語版翻訳グループ23人、編集グループ25人によって、ボストン女の健康の本集団『からだ・私たち自身』(松香堂)(*2)となって刊行された。これは1984年のNew Our Bodies Ourselvesの全訳で、日本の事情も写真とともに掲載され、原書と同じ大きなA4版変型で608ページ。とにかく分厚い。電話帳のようだ(という比喩はもう通じない?)。

一方で、性やからだに関する本や雑誌がたくさん刊行されるようにもなった。子宮筋腫や子宮内膜症、乳がんなどに関する一般読者向けの本も書店に並び(以前は「シキュウ」と口にするのも恥ずかしい人/時代もあった)、やがてインターネットで検索すれば情報は容易に得られるようになっていく。

とはいえ、医療の専門家が、利用者や患者に正しい知識を与える、という家父長的な姿勢は、2020年代のいま、むしろ強まっているようにも感じる。このことは、今年2023年4月末にようやく承認された経口中絶薬(のむ中絶薬)(*3)に関しても現れている。使う人の実感や希望、海外でのエビデンスには耳を傾けず、他国では必要とされない入院・院内待機が条件とされ、値段は高く、母体保護法の配偶者同意(*4)も求められる。主体であるはずの女性が信頼されず、軽視され無力化される。

SRHR(性と生殖に関する健康と権利)をめぐる課題は今も山積みだ。2023年9月27日の夜、東京駅の行幸通りでSRHRスタンディングアクションが行われた(*5)。国際セーフ・アボーションデー(安全な中絶の日)の前夜祭ともなったリレーメッセージでは、自分のからだを取り戻す、わたしのからだはわたしのもの、という声が、さまざまな立場から発せられた。刑法堕胎罪の例外としての母体保護法で許可されている人工妊娠中絶の高すぎるハードル。母体保護法の前身である優生保護法において「不良な子孫の出生防止」を目的とした優生手術(強制不妊化)(*6)。そして「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」における不妊化要件。

原書が出て半世紀になる『女のからだ 性と愛の真実』でのテーマを、今も求め続けなければいけないことに唖然・憮然としつつ、動き続けてきた人たち、対立しそうな危うさのなかで交差する場をつくろうと試みる人たちの存在にウキウキする、いやウルウルか?

……なんて感慨にふけっていたら、10月にまたすごい新刊に遭遇した。ルーシー・デラップ著『フェミニズムズ』(幾島幸子訳、明石書店)。フェミニズムの「使い道」をさぐるために、書物だけではなく物や音楽、世界各地の出来事を編み込んでいる。この本にも、Our Bodies Ourselves は、「文化帝国主義」に陥らずに各所で自分たち流にアレンジさせた「女性の健康マニュアル」として、独自発生のインドの『身体について』とともに紹介されていた。ちなみに私のお気に入り、「女と健康国際会議」の地球をあしらった女マーク「女が決める」缶バッチも、『フェミニズムズ』に図表として出ていた。パリのマルグリット・デュラン図書館所蔵だという。そんな図書館、いつか行ってみたいな。

(*1)「82優生保護法改悪阻止連絡会」は名称が「SOSHIREN女(わたし)のからだから」と変わり現在も活動中。

(*2)絶版になっていた『からだ・私たち自身』は、WAN(women’s action network)のサイト「ミニコミ図書館」で読むことができる。訳者の一人・荻野美穂さんが40周年を迎えた『OBOS からだ・私たち自身』を寄稿している。

(*3)署名:人工妊娠中絶当事者の負担を減らしたい! #中絶薬が10万円はありえない 中絶薬へのアクセス改善を求める 

(*4)署名:日本の女性の自己決定権を奪い望まない出産や妊娠継続に追い込む「配偶者同意」を廃止しよう 

(*5)「SRHRスタンディングアクション」は、公益財団法人ジョイセフ、#なんでないのプロジェクト、SRHRユースアライアンス、SOSHIREN女(わたし)のからだから、一般社団法人Spring、LGBT法連合会、#もっと安全な中絶をアクション(ASAJ)共催で実施。ポリスタTVで視聴できる。この企画に賛同した人がMy body my choice Tシャツを作り販売している。

(*6)署名:優生保護法裁判に正義・公平の理念にもとづく最高裁判決を
 
○今回のテーマのつながりを知る手がかり本
『講座女性学3 女は世界をかえる』女性学研究会編、勁草書房、1986(その中の大橋由香子「産む産まないは女(わたし)が決める 優生保護法改悪阻止運動から見えてきたもの」→のちに『新編日本のフェミニズム5母性』江原由美子編・解説、岩波書店、1991に一部分のみ収録)

『ピル 私たちは選ばない』女のためのクリニック準備会 編集・発行1987

『リブ私史ノート 女たちの時代から』(インパクト出版会、)1993
 
『女のからだ わたしたち自身』(森冬実&からだのおしゃべり会、毎日新聞社、1998)

『ピルはなぜ歓迎されないのか』松本彩子、勁草書房、2005

『女のからだ―フェミニズム以降』荻野美穂、岩波新書、2014

 

大橋由香子(おおはし・ゆかこ)
フリーライター・編集者、非常勤講師。著書に『満心愛の人―フィリピン引き揚げ孤児と育ての親』(インパクト出版会)、共編著『福島原発事故と女たち』(梨の木舎)ほか。光文社古典新訳文庫サイトで「字幕マジックの女たち:映像×多言語×翻訳」連載中。
「優生手術(強制不妊化)とリプロダクティブ・ヘルス/ライツ : 被害者の経験から」国際交流研究:23号2021(フェリス女学院大学)
「産み捨てた」と批判される孤立出産 女性を追い詰める堕胎罪の存在(朝日新聞)

エトセトラブックスについて

まだ伝えられていない
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これまでエトセトラ(その他)とされてきた女性の声は無限にあり、フェミニズムの形も個人の数だけ無限にあります。
そんな〈エトセトラ〉を届けるフェミニストプレスです。

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