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「あの本がつなぐフェミニズム」第3回:『女たちのリズム 月経・からだからのメッセージ』(大橋由香子)

2024/3/15

パソコンもネットもスマホもないころ、女たちは刺激的な考えや情報を雑誌や本から得ていた。今あらためて「あの本」のページを開くと、何があらわれるのだろうか。大橋由香子さんの連載第3回は、月経がある人たちの回答を集めて、熱く語り合った、あの本です。
 
(バナー写真:フィリピンの女性たちとの屋外学習@マニラ1987年。背景写真は1982年優生保護法改悪阻止集会@渋谷山手教会、左の旗は1984年女と健康国際会議@オランダ/すべて提供:大橋由香子)

 
大阪万博のチケットが当たるというので、インスタントラーメン「出前一丁」を買いまくっていた1970年、ごまラー油の香りが茶の間に充満するばかりで、いくら応募してもチケットは当たらず、それでも親は春休みに大阪万博に連れて行ってくれた。その帰りの大阪駅で、小学生の私は初潮を迎えた。

駅のトイレからニコニコして出てくる私を、母は「この子はなんでトイレがうれしいのかしら?」と怪訝そうに見ていた。数ヶ月前から下着に茶色っぽいものがつくことがあり、恐ろしい病気かと不安になって母親に相談していた。セイリというものがくる前触れかも、と教えてもらっていたので、トイレで赤いものを見て「来た!」と嬉しかった。

大阪から帰ると、ちょうど叔母が女友だちと遊びにきていて、食卓にはご馳走が並び、みんなに祝福された。


 『女たちのリズム 月経・からだからのメッセージ』(女たちのリズム編集グループ編/現代書館/1982年)には、さまざまな初潮体験が紹介されている。例えば……

「母が夕食に私が大好きなごちそうのエビフライを作ってくれた。そして一人前になったから、もっとしっかりしなさいと言った、私はエラくなったような気で嬉しくなったので、近所のおばさんにメンスになってお祝いしてもらったことを言ったら、今度は人前であんなことを言うなと叱られた」(二八歳)

「新しい経験なので好奇心がわきワクワクした。……でも、すぐめんどくさくなった。」(二二歳)

「赤飯を炊いてくれた。しかし、カラッとした祝いではなかった。父親の微妙な反応が嫌だった」(二九歳)

「伝えるべき適当な相手が見出せなくて、天井裏のワラの中で泣いていました」(四〇歳)

「初潮があればもう子どもが産めるということ、男性に気をつけるよう母から言われて、わけがわからなかったが、急に男性が怖くなった」(二〇歳)

この本は、連載1回目で触れた1982年の優生保護法改悪反対運動で出会った人が、月経についてアンケートを集めて本を作ったんだよ、と教えてくれた。

アンケートの質問票は16ページ76問、ほとんどが記述式で、1980年8月末から800通配布し、11月末までに戻ってきた407通の回答を、7人の編集グループメンバーが読みこみ、自分の担当分については回答を引用しながら原稿化。数字で処理できるものはグラフ化したり、スペキュラムや月経痛の軽減などについてのユニークなイラストも入れたり。それだけでも(パソコンがない時代には)大変そうだが、さらに、できあがった原稿について全員で討論を重ねたという。70年代リブの「熱さ」があちこちから感じられる。

「アンケートは長くて、書きあげるのに時間がかかるものになりましたが、ぎっしりと書き込まれて戻ってきた用紙をみるたびに、わたしたちと同じ思いの女たちが日本の各地にいることを知ってうれしく、また胸が熱くなりました」(「はじめに」より)

アンケートの質問項目=本書の内容は、「月経をなんと呼んでいますか?」に始まり、先に紹介した初潮の時、学校での教育、生理用品、月経前後・月経中のあなた、閉経、職場や学校でのトイレ環境、生理休暇、月経への思い……など多岐にわたる。

トイレットペーパー同様、ナプキンはトイレに無料で置いておくべき、給料は男性より安いのに、生理用品の出費は負担、ここ数年の「生理の貧困」と共通する議論も垣間見える。

編集グループには、70年ウーマンリブや海外の女性運動に関わった寺崎あきこさん、葉月いなほさんもいれば、「むかい風」の堤愛子さんも途中から加わった。堤さんが担当した5章「月経なんていらない?―障害をもつ女たちの月経」の冒頭にはこうある。

「月経のたびに、介助者にイヤな顔をされるというE子さん。紙オムツのとりかえに、四〇分もかかるというB子さん。「子宮とってしまいたい!」こんな叫びがでる女もいるほどだ。だけど、そのシンドさに一人で耐えているかぎり、私たちはすくわれないのでは……。」

月経を入り口にして、女性と障害という複合差別、インターセクショナリズムが語られているし、優生保護法の強制不妊手術や子宮摘出問題にもつながっている。

そして、「おめでとう」と言いながらも、恥ずべき、隠すべき、忌むべきものとされ、「母になるため」が強調されるがために、困惑や拒絶を感じる構造は現在も変わっていない。

大阪万博で初潮を迎えてニコニコ、家族と叔母たちの祝福に喜んでいた小学生も、

〈その後、「赤ちゃんができる準備」とか「お母さんになれるからだ」という表現ばかりされるのには、反発を感じた。あまのじゃくな私は、「だって、わたし、結婚しないかもしれないし、子どもも産まないかもしれないもん。だったら生理は無駄ってわけ?」と思ったことを覚えている。(中略)終着点は「妊娠=母体」みたいな言い方はやめたほうがいい〉(『からだの気持ちをきいてみよう』(大橋由香子著、ユック舎、2001年)

と思うようになった。

『女たちのリズム 月経・からだからのメッセージ』は1988年、講談社文庫になったが、それも品切れのようである。

『女たちのリズム』が刊行された後、経口避妊薬や避妊リング(ミレーナ)などホルモンを利用して月経の辛さを軽減すること、月経カップ、月経ショーツ、布製ナプキンなど生理用品の選択肢は増えた。とはいえ、フェミテック関係は、けっこう値段が高め、個々人が使う(買う)ことだけで解決できないことも多々ある。

もし2024年の今、同じような内容でアンケートをしたら、月経がある人たちの回答=社会の眼差しや仕組みに、変化はどれだけあるだろうか?
(Special Thanks:現代書館)
 

【こちらも読みたい】
『月経と犯罪 “生理”はどう語られてきたか』(田中ひかる著、平凡社、2020年)

本書は『月経と犯罪――女性犯罪論の真偽を問う』(批評社、2006年)に「生理休暇」「月経をコントロールすること」について加筆したもの。女性は月経中に精神に変調をきたしやすく犯罪を起こしやすい、という「犯罪における月経要因説」を検証している。

大橋由香子(おおはし・ゆかこ)
フリーライター・編集者、非常勤講師。著書に『満心愛の人―フィリピン引き揚げ孤児と育ての親』(インパクト出版会)、共編著『福島原発事故と女たち』(梨の木舎)ほか。光文社古典新訳文庫サイトで「字幕マジックの女たち:映像×多言語×翻訳」連載中。
「優生手術(強制不妊化)とリプロダクティブ・ヘルス/ライツ : 被害者の経験から」国際交流研究:23号2021(フェリス女学院大学)
「産み捨てた」と批判される孤立出産 女性を追い詰める堕胎罪の存在(朝日新聞)
記事:Dialogue for People インタビュー 2023.12.14「優生保護法問題とは何か」 

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