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第2回 新水社から引き継いだフェミニズム

2020/9/15

前回触れた「出版業界内の性差別構造」については、周囲の女性たちにセクシュアル・ハラスメントの被害経験を聞き取りをしたりしているので、また折をみて続きを書くつもりです。今回は、8月に復刊した本のことをもう少し語らせてください。

*この文章は、版元ドットコムに寄稿した文章に手を加えています。

2018年12月にスタートして現在まで、雑誌・本合わせて9冊を刊行することができました。出すよりも出し続けることの方がどれだけ大変か、在庫ダンボールで溢れかえる事務所で痛感する毎日ですが、8月には、フェミニズムの名著2冊を復刊しました。

いまはもう読めない、あるいは古書が高騰して読みづらいフェミニズムの名著復刊は、会社を立ち上げた当初からやると決めていたひとつで、ベル・フックス『フェミニズムはみんなのものーー情熱の政治学』(堀田碧訳)は、原書は2000年に、邦訳は2003年に新水社から刊行されロングセラーになっていたタイトルです。

# MeToo以降のフェミニズム・ムーブメントという文脈で、弊社もありがたいことにスタート当初からメディアの取材を受けてきました。その取材で「日本ではじめてのフェミニズム出版社ですよね?」と質問される度に、「フェミニズムと謳わずフェミニズムの本を出してきた方たちはたくさんいるし、ジェンダー専門で本を出してきた新水社という大先輩もいます」と答えてきました。

新水社は、2018年に急逝された故村上克江さんが営んでこられた出版社です。グリゼルダ・ポロック『視線と差異』、ロジカ・パーカー 『女・アート・イデオロギー』、マーガレット・アトウッド……出されたジェンダー、フェミニズム関連書は枚挙にいとまがありません。
田嶋陽子さんのデビュー作にしてフェミニスト映画批評の傑作『フイルムの中の女ーーヒロインはなぜ殺されるのか』も、新水社から1991年に出されました。

実は、新水社の村上さんにお目にかかったことがありません。

エトセトラブックスでやると決めていたもうひとつ。前の会社を辞めてすぐに、私は、それまで言葉を交わしたことは一、二度しかなかった本屋B&Bの寺島さやかさんに会いに行きました。以前から彼女のつくる棚の大ファンだったからです。
喫茶店で向かい合った途端、「い、いますぐは無理だけど、近い将来一緒にフェミニズム書店をやりませんか!」と韓国ドラマばりの熱量で切り出した私に、寺島さんはまずB&B内にショップインショップ「エトセトラブックショップ」として、フェミニズム棚をつくりましょうか、と同じくらいの熱で提案してくれました。
ふたりであの本は入れたい、これも入れようと盛り上がり「あれは絶対だね!」と話した一冊が、『フェミニズムはみんなのもの』でした。

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新水社に注文電話をかけた寺島さんから「どうも『みんなのもの』が注文できないみたいで」と連絡があったのは、2020年の3月すぎのこと。
「え、じゃあ私が事情を訊いてみる」と、これを機会に村上さんとお話できたらいいな! とかなり浮かれて新水社に電話したところ、対応くださった方からこの本は品切れ重版未定で今後もおそらく出せないこと、そして、実は……と、村上さんの訃報を伺ったのでした。

新水社に伺って『フェミニズムはみんなのもの』を弊社で復刊させてほしいとお願いしたのは、それからさらに数ヶ月後の猛暑の日。新水社で昔、本を出していた作家の北原みのりさんもご一緒でした。
電話と同じく、その日対応してくださったのは、校正者として新水社を共に支えてこられた村上さんのお連れ合いでした。

村上さんは歌がお好きだったなどお話を伺いながら、北原さんがいらしたからとコピーをいただいた2004年12月1日付朝日新聞「負け犬に負けぬ/女性問題専門15年で100冊に」という記事には、
“演劇関係の本を出していた『新水社』を女性問題専門の出版社に衣替えして15年。以来、100冊目になる北原みのりさんの最新刊『ブスの開き直り』をこのほど刊行した。(…)社長の村上克江さん(61)は「タイトルの文字数は『負け犬の遠吠え』と同じにした。こちらは、もっと政治にこだわりのある読者を呼びこみたい”とあります。
同じ文字数。タイトル付の理由が反骨精神があってキュート、と感じたら大先輩に失礼にあたるでしょうか。
15年で100冊。エトセトラブックスもそこまでがんばれるか。

『フェミニズムはみんなのもの』復刊を快諾してくださった翻訳者の掘田碧さんは、新版解説で村上さんの急逝を嘆きつつ、この本は「〈第二波フェミニズム〉から新しいフェミニストへのバトンではないか」とされています。
もはやフェミニズムは不要ではないかとされた90年代の終わり、そのことに危機感を抱き、ベル・フックスがフェミニズムの再生を信じて書いたこの本には学ぶことばかり。
「女の絆は今でも強い(Sisterhood is still powerful)」と題された3章では、若い女性たちには批判的な意識をもつためのフェミニズムという道案内が今も必要で、フェミニズム運動は再生して新しい「シスターフッド・イズ・パワフル」の旗を再び高く揚げなくてはならない、と書かれています。
「わたしたちが手にしているすばらしい宝物、それはシスターフッドは具体的に可能だし今でも力強いという、日々の体験なのである」
原書刊行から時をおかずにこの本を日本に紹介した村上さんは、ベル・フックスと同じ危機感と希望を抱かれていたのでしょうか。

勝手に追いかけている者の勝手な思いですが、新水社が出したこの本をいま弊社で復刊でき、村上さんの思いを読者に繋ぐことだけは出来たかもしれません。
村上さんに色々お話を伺いたかったです。