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第1回 My body My choice のための性教育

2020/7/31

性教育を広める医師ユニット「アクロストン」による新連載が始まります。この社会はなぜこんなにも正しい性の知識が乏しいのか、身につけるにはどうしたらいいのか、現場から考えます。

 

「次の方どうぞ」

とある日の診察室でのこと。中学生の女の子とお母さんが入ってきて椅子に座りました。女の子はスリッパをつま先につっかけながら組んだ足をブラブラさせ、自分の爪を見つめて俯いています。

「今日はどうしました?」

私が受診しにきた本人である女の子に話しかけても、その子はこちらを見ません。すると横に座っているお母さんが矢継ぎ早に症状を教えてくれます。胸のあたりにブツブツができたこと、オロナイン軟膏を付けたが良くならずむしろひどくなったこと、かゆがって夜眠れなかったこと。

相槌を打ちながら症状をカルテに記載し、私が「それではカーテンの中で……」と言いかけると、お母さんがその子のTシャツの裾を掴み、そのままグイっと持ち上げて「こんなにひどいんですよ」とブラジャーラインの下にできた湿疹を見せてきました。その子はまだ俯いたまま。
プライバシー保護のため、このケースは脚色を加えていますが、このようなことは診察室ではよくあります。以前はこんな患者さん親子に出会っても「過保護なお母さんなのかな」程度でしたが、性教育のことを深く学んだ今は、いろいろなことを考えます。

はじめまして。アクロストンと申します。私たちは妻と夫の2人で性教育の活動をしています。小学生2人の親でもあります。本業は2人とも医師で、診察やその他医療業務をするかたわら、性教育のワークショップや公立小学校で授業をしたり、書籍やSNSで性について発信したりしています。
性の話はすごく面白いこと、性は生活の一部であること、正しい性の知識を身に付けることは、自分も自分に関わる人も豊かに生きていける助けとなることを伝えようと、日々あがいています。とりあえずリビングに飾っておきたくなるような性教育の教材が欲しくて、ワークショップではこどもたちとこんな作品を作っています。

エトセトラ連載①ワークショップ教材

日本は諸外国とくらべて性教育がかなり遅れています。日本で「性教育」というと、どうしても生理、射精、セックス、妊娠などの生殖関連の話とされがちですが、それは旧来の性教育。そして、その旧来の性教育でさえしっかりと義務教育で教えていないのが、日本の状況なのです。

世界各国では今どんな性教育を実施しているか知る指針となるのが、ユネスコからでている「包括的な性教育のガイドライン」です。新しい性教育は、生殖関連だけじゃないよという意味で「包括的」という名前がついているのがポイント。具体的には、生殖の他に、性の健康、パートナーや周りの人との関係性、性暴力、ジェンダーの平等と差別、性を取り巻く文化についてなどの正しい知識、スキル、態度、価値観を身に付けることを目標としています。
学習を始める年齢は5歳。様々なテーマをこどもの発達に合わせて実践的な内容をくりかえし学びます。小4からはじまる、しかも1年に4時間ほどの(小4以降でも性教育がない学年もある)座学のみの日本の性教育とは大違い!

なぜこのような包括的な性教育が必要なのでしょうか。包括的性教育は、パートナーにかぎらずまわりの人と尊重し合える関係性を築き、自らの選択が自分と相手の幸せに大きく影響することを考慮し、自他の性の権利を守ることで、健康に、幸せに、尊厳をもって生きていくための力となる、とユネスコの指針では書かれています。これら全てが大事なのですが、その根底にあるのは「自分のからだは自分で決定する」こと、すなわち「My body My choice」だと私達は考えています。
こどもであっても、自分のからだのことは自分で決める権利がある。そして自分で決めるために正しい知識や考え方を身に付ける必要がある。だから包括的な性教育は必要なのです。そしてもちろんMy body My choiceはYour body Your choiceを保障することになります。My body My choiceをベースに、自分も他の人の性とその権利を尊重することで、それぞれが自らの性を主体的豊かに生きることができ、性暴力は根絶されると信じています。

と、エラそうに語ってみましたが、本当のところを白状すると、上の子が4、5歳になったころ、我が子に伝えるために性教育を学びはじめても、しばらくは私達自身もMy body My choiceというものをちゃんと意識していませんでした。そして、社会にはびこるジェンダーの不平等や性暴力にもきちんと向き合っていませんでした。ようやく、包括的性教育を理解できて来たのはここ2,3年。そして、包括的な新しい性教育を自らに搭載して社会をみてみると、日々の生活や社会には、びっくりするほど沢山の問題がそこかしこに潜んでいるのに気がついたのです。

冒頭の中学生の女の子とお母さんの話も、「過保護なお母さん」で済ませることはもうできません。お母さんが娘のからだについて説明し、洋服を持ち上げ、胸を出したというこの全ての行為において、この子のMy body My choiceはどこに行ってしまったのか? という疑問。小さい頃から自分のからだの決定権がなかったのか、これから自分のからだを自分自身のものとしてケアしていけるのかと心配になるのです。と同時に、お母さんのことも心配になるのです。

そもそも、なんで世の中の子どもが病院に受診する際は、たいてい父親でなく母親が付きそっているのでしょうか。もちろんシングルの家庭もあると思いますが。女性の方が労働している時間が短いことが多いから? 働いている女性向けの雑誌やサイトでは仕事と育児の両立の特集がよく組まれているけれど、男性向けのそんな特集みたこともない。
ちょっと前はイクメンなんて言葉がわざわざ作られて流行ったけれど、イクウィメンなんて言葉は絶対にできない。私が診察した母娘の家庭の事情はわかりませんが、育児に家事に追われるお母さんがさっさと診察を終わらせたくなる気持ちは、とてもわかるのです。

この社会には残念ながら歪んだ性の情報や不平等、搾取などが沢山あります。この連載ではそのひとつひとつに向き合って、性教育的にどうなの? とつっこみながら問題の本質を考えていきます。願わくは、性の正しい知識や考え方を身に付け、My body My choiceを実践していく人を増やすことで、社会を変えたい。

この連載が、新しい性教育を自らに搭載する手がかりとなりますように。

参考文献
International technical guidance on sexuality education: an evidence-informed approach
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000260770

アクロストン
妻のみさとは産業医、夫のたかおは病理医として勤めながら、2018年に性教育を広げる「アクロストン」としての活動をスタート。公立小学校の授業や、企業イベントなど、日本各地で性にまつわるワークショップを行う。著書に『赤ちゃんってどうやってできるの? いま、子どもに伝えたい性のQ&A』(主婦の友社)がある。
https://note.com/acrosstone